「橘花・・・。」
「俺、もう迷わないから・・・。お前の愛情、疑ったりしないから・・・。」
「橘花・・・。」
部屋に鍵はかかっていなかった。
橘花はすやすやと寝息を立てて眠っている。
だが、なんだか部屋の印象が・・・違う。
「なん・・・だ?」
薄暗がりではあったが、目を凝らして周りを見回してみて、左京はぎょっとした。
部屋に・・・物がほとんどなくなっている。
「・・・橘花。起きろ。」
なぜこんなにも整然と部屋が片付けられているのか・・・。
橘花がとても気に入って貰いうけた、クリスが描いた天使の絵すらなくなっている。
橘花は・・・この場所から立ち去ろうとしているのか・・・。
ギルの嫌な予感は、的中していたということだ。
「う・・・ん・・・誰・・・。」
名前を呼ばれ、橘花は目を覚ました。
「・・・左京・・・?」
「・・・橘花、出掛けるぞ。着替えろ。」
「え・・・な・・・なに・・・?」
「いいから着替えろ。なんならそのままでもいいぞ。」
起き抜けの回らない頭で、橘花は必死に考えていた。
まだ夜が明け切らない時間に左京が部屋にやってきて、出掛ける、と言っている。
これは夢か・・・?
「早くしろ。」
「・・・。」
夢かもしれない。
夢でいい。左京に会うのは夢の中だけでいい、と願った自分に、神様が最後の慈悲を与えてくれたのかもしれない。
「・・・左京・・・?」
けれど、やけにリアルな夢だ。
「待って!」
橘花は、これが夢か現実か確かめる為に、左京の後を追った。
「・・・あ・・・。」
一歩、外に足を踏み出し、朝の空気の冷たさを頬で感じると、これは夢などではない、と分かった。
「早く来いよ。」
「・・・。」
左京は車に橘花を乗せ、走り出した。
「・・・どこに・・・行くの?」
「ギターの練習。」
「え・・・?」
左京はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、街外れに向かって車を走らせる。
そして辿りついたその場所は・・・。
「・・・橘花、この場所・・・覚えてるか?」
「・・・うん。」
「忘れるはず・・・ない。」
左京と初めて言葉を交わした野外劇場跡。
あの日、左京と出会って、そして自分の運命は変わった。
「あの時も・・・ギターの練習しに来てたんだ。」
「・・・うん。」
「お前のことは、ずいぶん前から気になってたんだ。いつか声をかけようと思ってた。
こんなところまで・・・ライブでもないのに、わざわざ見に来るなんて、熱心だな、と思ってさ。」
「・・・ストーカーみたい、って・・・思ったでしょ?」
「まさか!こんな熱心な子に見て貰えるんなら、もっと頑張って有名にならなきゃな、って思った。」
「左京・・・。」
「たぶん・・・俺はあの時からお前に惹かれてたんだ・・・。」
「え・・・。」
「ずっと・・・お前に見ていて貰いたい、って思った。最初は・・・そうだな。最初は娘みたいな感じだったけど・・・でも、お前が笑ったり、目をキラキラさせて話しかけて来たりするのが、すごく嬉しかった。」
「・・・左京・・・。」
「お前の為に、もっと歌いたい、って思った。」
「ワタシの・・・為に・・・。」
「それから俺が作る歌は、全部、お前のこと頭に思い浮かべながら書いた歌になった。」
「左京・・・。」
「・・・なんか。リクエストないか?」
「リクエスト・・・?」
「なんでもいいぜ。俺の歌でもいいし、なんだって歌えるから。」
「・・・なんでも・・・?」
「左京さーん!」
田吾作は、朝早くからクレメンタイン・ハウスを訪ねて来た。
今日はなにがなんでも、左京を引っ張り出さなければならない。
本番のライブにしか出てこないなど、言語道断である。
「まだ寝てるのかな・・・。」
エントランス付近に誰も人がいないのを確かめて、田吾作は階段を上がった。
「・・・ったく手がかかるんだから。もうっ。」
「左京さーん。」
「左京さーん。・・・あれ?」
しかし、部屋に左京の姿はない。
「いない・・・。」
「・・・どこ行ったんだろ?トイレか?風呂か?」
田吾作は家中、左京の姿を探した。けれど、左京はどこにも見当たらなかった。
「もぉっ!田吾作くんったら、一緒に行くって言ったのに!」
続けて、京子もやってきた。
田吾作が、左京と橘花を引き離そうとすれば、自分が間に入って阻止するつもりでいたのだ。
なのに田吾作は、京子を置いて、一人で家を出たのだ。
「あ。あのー・・・すみません。」
「ん?」
廊下の隅で本棚を物色していたギルを見つけ、京子は声をかけた。
「あの・・・左京くんは・・・?」
「ん?なんか用か?まさか・・・左京のファンじゃあるまいな。」
「ファンといえばファンだけど・・・そうじゃなくて・・・左京くんは・・・いる?」
「・・・さぁ。知らないな。俺、別にあいつの保護者じゃないんで・・・。あんた、誰だ?」
「じゃ・・・橘花ちゃんは?」
「あんた・・・橘花を知ってるのか?誰だ?」
「私・・・左京くんのマネージャーの知り合いで、桐生院京子って言います。」
「ああ!あんたか!ロッタが喜んでた!一緒に服を買いに行って、式にも出てくれるって。」
「あなたが・・・ロッタちゃんの旦那様になるギルくんなの?」
「ああ。そうだ。」
「・・・イケメンね。」
「そうでもないさ。」
「左京くんと橘花ちゃんは・・・?」
「言ったろ?俺はあいつの保護者じゃない。知らないよ。」
「二人で・・・出掛けたの?」
「さぁね。」
「・・・ね、ホントのこと教えて。私・・・別にあの二人の仲を邪魔しようなんて思ってないわ。二人一緒に出掛けたの?」
「邪魔しようなんて思ってないって?」
「・・・ええ。この前、橘花ちゃんと話をしたわ。彼女、自分が左京くんの恋人だなんて言わなかったけど・・・そうなんでしょ?」
ギルは返答に詰まった。
この女・・・確かにロッタから、とても感じのいいお姉さんだ、と聞いていた。
けれど、コイツは左京のマネージャーと繋がっている。
はい、そうですか、と信用するわけにはいかない。
「・・・あんたがそれを知ってどうする?」
「言ったでしょ!二人を結び付けたいの!左京くんは橘花ちゃんと一緒になるべきよ!!」
「・・・なぜ?」
「そうね・・・それは・・・。」
「あっ!京子さん!!」
その時、背後から田吾作が近付いてきた。
家捜ししたが、左京はどこにもいなかった。
あと探す場所は・・・各人のプライベートルームだけだった。
「京子さん・・・来てたんですか・・・。」
「一緒に行く、って言ったでしょ?」
「・・・なんだ?コイツは・・・。」
「彼が・・・左京くんのマネージャーの米沢田吾作。私のフィアンセよ。」
「・・・思い切ったな・・・あんた・・・。」
「そうでもないわ。誠実なの。」
「ふーん・・・。」
「あの・・・。」
「左京さんが・・・どこにもいないんです・・・。」
「ふーん・・・。」
「あなた・・・何か知ってますね?」
「さぁ。」
「左京さんをどこにやったんですか!!出しなさい!今すぐ!!さあっ!!」
「は?何言ってんだ。お前・・・。」
「どこに隠したんですかっ!!その鳥の中ですかぁっ!?」
「・・・隠れるかよ・・・馬鹿か?お前・・・。」
「じゃあどこですかぁーーーっ!!!」
「おっ・・・おいおい・・・。」
いきなり初対面で自分に食って掛かってきた田吾作に、ギルは辟易した。
「・・・なぁ、コイツ・・・あんたのフィアンセだって言ったな?」
「ええ。」
「殴っていいか?」
「そうね・・・。あなたが全力で殴ったら、骨格が変わるかもしれないから・・・軽くならいいわよ。」
「えっ!?きょきょきょ・・・京子さんっ!?」
「・・・冗談よ。」
「とっ・・・とにかく捜索願を・・・。」
「馬鹿か!大の大人が家にいないだけで、何が捜索願だ!!」
「左京さんは普通の人とは違うんですっ!!左京さんに何かあったら・・・世界中の人が悲しむんですよっ!?」
「ああ・・・。確かにそうかもしれない。だが・・・左京自身は生身の人間だ。出掛けたきゃ出掛けるし、メシだって食うし、眠くなりゃ寝る。楽しけりゃ笑うし、悲しけりゃ・・・泣くんだ。」
「ですが・・・。」
「ねぇ、田吾作くん。彼の言う通りよ。あなたが左京くんを縛り付けることで、歌えなくなったらどうするの?」
「え・・・。」
「歌えないだけじゃないわ。息をすることすらままならなくなったら・・・。そうなったらどうするの?あなたが左京くんを殺すのよ?」
「あんた・・・いいこと言うな。」
「え・・・そ・・・そんな・・・。」
「私たちに出来るのは・・・見守ってあげることじゃないの?左京くんは絶対に間違いは犯さないわ。左京くんが決めたことが、もし、彼のミュージシャンとしての生命を脅かすなら・・・その時、守ってあげるのがあなたの役目じゃないの?」
「そ・・・そうでしょうか・・・そうならないように未然に防ぐのが・・・。」
「いい加減にしろ!それ以上言うなら・・・俺が貴様を警察に突き出す。立派な不法侵入だ!」
「え・・・。」
ギルに一喝され、田吾作は黙り込むしかなかった。
「・・・ねぇ、ギルくん・・・。」
「ああ。あんた・・・本当にあの二人のこと・・・。」
「ええ。全面的に応援するわ。・・・二人で出掛けたの?」
「ああ。左京は、絶対に今日、決めてくる。」
「私はあの二人の間に何があったのか知らないけど・・・橘花ちゃん、辛そうな顔してたわ・・・。きっと田吾作くんみたいな考えの人が、大勢いるせいかしらね・・・。」
「いいのか?あんた・・・フィアンセなんだろ?」
「田吾作くんは間違ってるわ!大丈夫!私が彼を説得する!」
「頼もしいな。」
「・・・あ、そうだ。さっき、私がなぜあの二人を結び付けたいのか・・・あなたに聞かれたわよね?」
「うん?・・・そうだ。なぜだ?」
「それはね・・・私が女だからよ!女なら、好きな人の傍にいたい、好きな人のパワーを引き出してあげたい、って思うの、当然でしょ!!」
「なるほど。妙に納得する理由だ。」
「橘花ちゃん、きっと我慢してるのよ。暗い顔して・・・。あんな若くて可愛い子が、人生を諦めたような目をしちゃいけないわ。だから・・・彼女の願いを叶えてあげたいの。」
「同感だ。」
ギルと京子・・・この二人がタッグを組めば、田吾作の思惑など意にも介さない。
京子は、時間をかけてでも、田吾作を説得するつもりだった。
きっと、これからの左京を見れば、彼も反対など出来はしないだろう。そう思っていた。
おはようございます♪
返信削除京子、いい奴ですね!
すごく頼りになる女性です!
が、ギルの一言で吹き出しました(笑)
「・・・思い切ったな・・・あんた・・・。」
ギルってば真面目な顔して言うんだもの。
もうおかし過ぎです(笑)
さあ、いよいよ左京が行動を起こしましたね!
もっと早く行動を起こしてれば良かったとは思いますが、
でも私、左京の気持ちが凄くよく分かるんですよ。
だって真剣に愛すれば愛する程、
不安にもなるし臆病になって疑ったりもする。
その不安な思いは、愛情の深さと比例するように強くなると思います。
人は、愛する人の前では弱くなる生き物ですよね…。
そう思ったら左京の行動は、当たり前だし、
そして橘花の思いも又、左京と同じように当たり前だと思います。
なんだか何言ってるのか分からなくなってますが(笑)
ようは、二人はおたがいを思い過ぎてると言う事です。
相手を思うあまり、行動に出れなかったり、身を引いたり…。
そんな二人の事を思うと切ないです…。
一日も早く左京が、橘花がいないと生きていけないと…歌えないと…
その思いが彼女に伝わるよう…祈ってます!
まことんさん、おはようございます!!
返信削除ギルのあの台詞、自分でも久々のヒットです!!
でも、田吾作と京子さんのことをよく知らない人から見たら、見た目の釣りあいとか考えても、誰しもそう思うんじゃないかな~って思って(^_^;)ゝ
京子さんには、田吾作を説得するっていう大役がありますのでね!
もうちょっと頑張ってもらいます(^-^)
左京、やっと勝負に出ましたよ~。
すれ違ってる時って、どうしてもうまくいかなくって、一人で考え込んだり落ち込んだり、相手のことを疑ったりして、どんどん良くない方にいってしまいます。
橘花も同じ。
もっとちゃんと、左京の愛情を受け止めてれば、変な考えなんか起こさなかったのかもしれない。
ずいぶん焦らしに焦らしまくりましたが、ここらで止めとかないと、手遅れになってしまいます(^-^;)
このあたりの話しって、実は1ヶ月くらい前に、既に下書きは出来てたんですよ。
なので、やけに気合、入ってます!!
お楽しみに~(^-^)/・・・とだけ言っておきます。
こんにちは~♪
返信削除コメントが遅れてしまいすみません;;
さて…さすが京子さんですね(*^_^*)
…冗談でも軽くなら殴ってもいいんですかww
ギルと京子さんのペアは心強いですね~(^v^)
田吾作なんかに負けないわww
左京さんもこれからどうするのか…気になりますヽ(^。^)ノ
こくいさん、こんにちは~!
返信削除あ、全然コメントとか気にしなくっていいですよ~。
ホントは、ギルにマジで殴って貰おうかとも思いましたが、京子さんの目の前じゃ、出来ませんね(^_^;)ゝ
田吾作、まだまだ二人の仲を認めるまでには至りません~。
マネージャーって立場だったら、しょうがないんですけどね。
左京はやれば出来る子です!!
ちゃんと決めてくれますよ~♪
でも、ちょっとコワイかも・・・。
そのあとは・・・LOVE・・・ですよぉ!!