「あ・・・うん。」
ある日の早朝、武術の稽古をしようと庭に出た宗太に、ギルが近付き、武術指南を願い出てきた。
「・・・なんだその顔。まだ不眠症が治ってないのか?」
「ま・・・でも武術の稽古は出来るよ・・・。」
まだ眠れない日は続いている。
けれど、夜明け前に部屋の外をうろつくのはやめた。
「しかしお前、いい体格になってきたな。背も伸びたんじゃないか?」
「毎日やってるからね。」
「身体を動かすのはいいことだ。けど・・・疲れたらちゃんと休め。」
「うん・・・。」
「ま、ちょこっと教えてくれ。」
「じゃ、まず構えから・・・。」
「ふむ。」
と、宗太はギルに武術指南を始めたが、やはりギルは瞬く間に覚えてしまった。
「よ・・・っと。」
「なんだ・・・やっぱりギルさん、うまいじゃん・・・。」
「いや・・・こいつはなかなか難しいな。」
こうやって、身体を動かしていれば、そのほんのひと時だけ、思い詰めた気分が少し晴れる。
けれども、橘花のあの姿・・・ドレスを纏った妖精のような姿を思い起こすたび、抑え切れない衝動が湧き上がってくるのだった。
「特に欲しい本もないけど・・・。」
橘花は左京と顔を合わせまい、と逃げるように外出ばかりしていた。
この日も特に用もないのに、ふらり、と本屋に立ち寄ってみただけだった。
「・・・あ。パパの取材記事が載ってる雑誌、ないかな?」
海賊伝説を取材する、と圭介は言っていた。
記事になるにはまだ早いかもしれないが、とりあえず探してみよう、もしかすると他の記事が載っているかもしれないし、なければ何か、立ち読みでもしようか、と店内に入った。
「橘花ー。」
昼過ぎに起き出した左京は、橘花を探して部屋を訪ねたが、橘花の姿はなかった。
「いないのか・・・。出掛けたのかな・・・。」
早く話をしたい、と気が焦るばかりだったが、このところどうもすれ違うことが多い。
「・・・顔、見たかったのに・・・。」
それだけでもいい。
それだけでも、気持ちが和む。
なのに、最近、ちゃんと顔すら見られない日が続いている。
「・・・どこ行ったんだろ・・・。最近・・・よく出掛けてるな・・・。」
こんな気分のまま仕事に出ても、乗らないだけだ。
不貞寝でも決め込むか・・・と左京は自分の部屋に戻った。
「ねぇねぇ。左京の、ツイン・ブルックのラスト・ライブ、チケット取った?」
「あったり前じゃん!仕事休んで、朝から電話かけまくったよ!」
「1時間で完売だもんねー。」
「楽しみだね~。ツアーは?行くの?」
「あんまり遠くだと、ママが喧しいからさぁ・・・。」
「あんたんち、過保護ねぇ。ウチなんか放置だよ?・・・ま、お金ないから行けないけど。」
「・・・んー・・・やっぱり載ってなかったか・・・。」
「さて・・・どうしようかな・・・。日が落ちるまでまだちょっとあるし・・・。」
中であれこれと物色してみたが、興味を引くような本もなかった。
ぼんやりと立ち尽くしている橘花に、本屋の前で左京の話をしていた二人が目を止めた。
「・・・ね、アイツ、知ってる?」
「なに?」
「アイツ・・・左京と一緒に住んでんだよ。」
「げっ。なんで!?」
「なんかしんないけどさー。あたし近所だから時々見かけるんだよ。」
「カノジョ!?」
「まさか!あんな子が?他にも何人か一緒に住んでるみたいなんだけどさー。知らない?学校の裏のでっかい家。」
「ちょ・・・聞き捨てならないわねっ。」
「・・・やっちまいなよ。」
「あんた、金持ちのくせに血の気、多いねー。」
二人が橘花の側まで近付いてきた。
「ちょっとあんた。」
「・・・え?(誰・・・?)」
「あんた、なんて名前?」
「(・・・人に名前聞くときは、自分から名乗るのが礼儀じゃないの・・・?)・・・ワタシ・・・急ぐんで・・・。」
たかりかカツアゲか・・・なんにしろ、絡まれる謂れはない、と橘花はそこを立ち去ろうとした。
「待ちなさいよっ!」
「あ・・・ちょ・・・ちょっと・・・。」
「待て、って言ってるでしょ?」
「・・・なんなの・・・?」
「あんた、左京と一緒に住んでるんでしょ?いったいどんな手使って潜り込んだのよ。」
「え・・・。」
この二人組、左京のファンなのか・・・と思った。
「別にそんなんじゃ・・・。シェア・ハウスだし・・・。」
「左京と話ししたりするわけ?」
「そりゃあ・・・。」
「その家・・・部屋、空いてないの?私たちも左京と一緒に住みたいんだけど。」
「今、空き部屋ないから・・・。」
「あんた、家主に頼んでよ。」
「(・・・ワタシが家主なんだけど・・・)え・・・それはちょっと・・・。」
「だったらあんたが出て行きなさいよっ!!」
「え・・・なにそれっ!」
「だったらさー・・・あんた・・・左京のシャワーシーンとか盗撮してきなさいよ。寝起きの姿とかー。いい値で売れるわよ?」
「あ!それいい!」
「カメラなら貸すからさー。」
「え・・・。」
「そんなこと出来るわけないでしょっ!」
「なによ!コイツ・・・。あんたばっかりいい思いしてるくせにっ!」
「ま、左京がコイツみたいなの相手にするとは思えないけどね。」
「あんたたち、左京のファンなの!?本当のファンなら、そんなこと言うもんじゃないわよっ!」
「・・・生意気ね・・・コイツ・・・。」
『・・・あれ?橘花じゃないか・・・。友達?・・・にしては険悪そうな・・・。』
武術の稽古を終え、ジョギングをしている途中に通りかかったギルだったが、自分が割って入るほどではないだろう、とそのまま通り過ぎた。
後から思えば・・・この時、橘花に声をかけておけばよかった、と後悔することになったのだったが・・・。
「ま、あんたなんかどうせ左京に相手にもされないだろうけど、私たちの左京なんだから、気軽に話したりしないでよっ!!」
「分かってるわよ!けど・・・そんなこと言われる筋合い、ないわっ!!」
「この・・・。」
「調子に乗ってんじゃないわよっ!!」
「うっ・・・。」
「このっ!!」
「きゃっ!」
「ちょ、あたしにも殴らせてっ!」
「任せた。」
「え!な・・・なんでっ!?」
「なんでじゃないわよっ!左京と一緒に住んでるなんて・・・許せないっ!!」
「そ・・・そんなの・・・。」
自分のせいではない・・・。
しかし何を言っても、この人たちは受け入れないだろう。
「ワタシ・・・。」
「まだ口答えする気っ!?」
「この女っ!!こうしてやるっ!!」
「きゃ・・・。」
「い・・・痛いっ!!」
「はんっ!いい気味っ!!」
「痛いっ!やめてったらっ!!」
「誰がっ!!」
「・・・いた・・・。」
「ふんっ!ざまあみろっ!!」
「ちょっと可愛いからって、いい気になるんじゃないわよっ!!」
「・・・。」
こんないわれのない暴力を受けたのは、初めてだった。
「う・・・。」
「・・・ね・・・ちょ、野次馬、増えてきてない?」
「んー・・・残念だけど・・・ずらかるか・・・。」
「今日はこのくらいにしといてやるよ。今度見かけたら・・・もっとひどい目に合わせてやっから!」
「もう行こ?あーあ。せっかくいい気分だったのに、あんたのせいで台無しよ!」
『・・・いわれのない暴力?・・・違う。そうじゃない・・・。』
『ワタシだって立場が逆だったら・・・誰かが左京と一緒に暮らしてるなんて知ったら・・・悔しいと思う・・・。』
『・・・殴ったりはしないけど・・・。』
「・・・あなた・・・大丈夫?女の子なのに・・・ひどいことするわね・・・。」
「・・・ありがとう。大丈夫です・・・。」
↑この人・・・スケ三郎の奥さんです・・・
『・・・帰ろう・・・。』
きっとバチが当たったのだ。
左京に好きだと言われ、キスをされ、抱かれた・・・その罪に、神様が罰を下したのだ。
『誰にも見られないうちに・・・部屋に入って鍵、かけよう・・・。』
『誰もいませんように・・・。』
しかし・・・そんな時に限って、今、一番いて欲しくない人がいるものだ。
『・・・二階のバスルーム、行こう・・・。』
左京の目の前を、何食わぬ顔をして通り過ぎる勇気が、今は出ない。
そっと階段を上がろうとしたのだが、誰かが帰って来た気配に、左京が気付かないはずがない。
「あれ?橘花?」
↑ケータイ、鳴ってるぞ・・・
「なんで二階なんかに・・・?」いつもなら、帰ってくればまず、真っ直ぐ自分の部屋に入るだろうと踏んで、橘花の部屋の前で時間を潰していたというのに、アテが外れた。
左京は橘花を追って、階段を上がった。
「橘花、出掛けてたの?どこ行ってたんだ?」
「うん・・・。本屋・・・。」
「なんか面白い本、あっ・・・え・・っ?」
回り込んで、橘花の顔を見て、左京は驚いた。
「え・・・どうした!?その顔っ!?」
「え・・・なんか・・・変?」
「傷だらけじゃないか!」
「え?」
確かに、痛いのは痛いが、自分の顔がどんな風になっているのか、橘花は知らなかった。
だが、左京がこれほど驚く、ということは、ひどい顔をしているのだろう。
「・・・えっとー・・・自転車で転んじゃって・・・。」
「こう・・・。」
「・・・どてっ!って・・・。」
「失敗しちゃった。へへっ。」
「・・・顔から?」
「え・・・?」
「顔から転んだのかよっ!」
「え・・・うん・・・。」
「(・・・ウソつけ・・・)ちょっと・・・よく見せて。」
「あ・・・ちょっと・・・。」
「・・・転んだ?転んだ傷じゃないじゃんか・・・これ・・・。」
「病院に行った方が・・・。」
「たいしたことないよ。」
「・・・離して。転んだ時身体打っちゃって・・・お風呂入って休みたい・・・。」
「橘花・・・。」
「ゴメン・・・。」
『・・・なんだ?あの傷・・・。』
『自転車で転んだなんて・・・ウソだ・・・。』
『何が・・・あったんだ・・・。』
あれは、殴られたような痕だった。
しかも、かなりひどくやられている。
なのに橘花は、自分にウソをつき、平然とした顔を装い、無理に笑ってさえ見せる。
喧嘩をするような子じゃない。たとえそうだとしても、殴り合いになるほど、嫌な出来事があったというのか。
自分に言えない何か・・・もしや・・・誰か他の男に襲われでもしたのか・・・。
「あー・・・ホントにひどいや・・・。」
こんな顔では、左京に見咎められるのも無理はない。
「あざ・・・残るかな・・・。」
何日経てば、この傷は癒えるだろう。
『けど・・・あの人たちの言い分は・・・きっと左京のファン、みんなの思いなんだろうな・・・。』
したたかに殴られたことには腹が立つ。
けれど、あの二人だって、きっと、自分が左京とプライベートで話しが出来る、ということに胸を傷めているのだろうな、と思った。
『・・・イヤだな・・・。もうここにはいたくない・・・。』
ギルとロッタには申し訳ないが、予定を早めよう。
『・・・左京・・・ゴメン・・・ワタシ・・・もう・・・。』
ここは冥府だ。
自分がこの場所を離れなければ、季節は巡らない。
大罪を犯した自分・・・もっと大きな罪を犯す前にここを離れなければ・・・。
『左京・・・。』
橘花は左京を思い、泣きながら眠りについた。
抱かれるのは夢の中だけでいい。
けれど・・・左京は夢の中には出て来てはくれなかった・・・。
ああ・・・。
ヒイイィィ~~
返信削除女の暴力怖いです。
いまだかつて、ヒロインがこんなに殴られるなんてあったでしょうか。
左京のフアンだからって殴りはしない。
正真正銘いわれの無い暴力ですよお、だれかパパラッチとかが
現場を撮ってないのかなぁ、ギルなにやってるんだよぉ~~(涙)
きっかは今どんな心理状態におかれてるんでしょうね・・・
私が悪いんだ!みたいな?
スターの恋人として受け入れられない、ってことかな?
きっかの傍に行ってもっとお喋りして話を聞いてあげたい!
なんて思ってしまいました。まずは・・・
フレンドリーな自己紹介→おもしろい話をする
この間の通りすがりの人さん、おはようございます!
返信削除あ。ヒロインはやっぱり、殴られないものなのでしょうか。
いちゃもんつけて、殴るまではしなくても、悔しい、殴ってやりたい、ってスターのファンならそう思いますよね。
ギルは本当にたまたま通りかかっただけなんですよ。
本当はずーっと遠くからこの光景を見ていて、女同士だし、割って入って余計こじれたらいけないな、なんて思ったんですよね。
いわれのない暴力だ、と言って貰えてよかったです。
ぜひ!橘花とお友達になってください!
これからもっと、家の中で孤立していってしまって、追い詰められていくんです。
きっと、通りすがりさんのような楽しいお友達がいたら、橘花も笑顔を見せてくれるんじゃないかなぁ。
おもしろい話をする→おもしろい顔をする
・・・でお願いします!!