何があったのか、理解できないのは橘花も同じだった。
「・・・くらくらする・・・。」
「息が出来ないよ・・・。苦しい・・・。」
けれどもその苦しさは、逃れたい苦しさではない。
左京の息遣いが耳に残る。
左京に触れられた部分がすべて熱を持って、ずきずきと疼く。それがゆっくりと心まで侵食していく。
「ワタシ・・・左京のこと好き・・・なんだ・・・・。」
そうなのかもしれない、と昨日までは訝しんでいた。
けれどもこうやって口にしてみると、その思いに支配される。
分かりきっていたことの再確認・・・そんな気がした。
左京は、昨夜寝付くのが遅かったにも関わらず、朝、早く目が覚めてしまった。
・・・というよりも、ほとんど眠れなかった。
「ね、お父さん、話してくれた?」
「あ。・・・うーん・・・。いや、忘れてた。すまん。」
「えーっ。珍しいなぁ。お父さんが忘れるなんて。」
「うん。ゴメン。」
「・・・やっぱりお父さんからも聞きにくい?じゃあ、ダニエルさんにでも頼もうかなぁ。」
「その方がいいかもな。あいつ、なんも考えないで、ズバッと言うだろうし。」
もちろん、忘れてなどいない。
だが、宗太に頼まれた話をするどころではなくなってしまった。
「左京は身辺騒がしくてそれどころじゃないんだろうよ。」
「え?なに?」
ギルが何を言い出すのか、左京は内心あわてていた。
ロッタがギルに昨夜のことをもう話しているかもしれない。
「左京がどっかの女の人と抱き合ってたって話だよ。ずいぶん噂になってるぞ?」
「なんだ。そんなの。仲いい人とハグくらいするじゃん。お父さん、有名人なんだから、そんな噂いちいち真に受けてたら、身体もたないよ。」
なんだ、そっちか・・・とホッとした。
もし、ロッタがギルに話していたとしても、宗太の目の前でそんなことは口にしないかもしれない。
『・・・息子の好きな娘に横恋慕か・・・最悪だな、俺。』
宗太が橘花に仄かな恋心を抱いているのは知っている。
加えて、ダニエルも同じだということは分かっている。
それでも、芽生えてしまった気持ちは元に戻すことは出来ない。
「・・・で、左京。実際のトコ、どうなのよ?」
「え?」
「赤いコートのオンナ。誰?」
「・・・ああ。前の嫁。」
「なんだ!そうだったのか。」
「宗太には黙っててくれな。スキャンダルの方がまだマシだ。」
「オーライ。」
結局、宗太には、マルゴが来ていたことを話してはいない。
隠す必要もなかったが、マルゴが何を考えてツイン・ブルックまでやってきたのかということは、出来れば知られたくない。
『スキャンダル・・・か。』
自分の気持ちは、絶対に宗太に知られてはならない。
けれども、左京は橘花の顔が見たくて仕方なかった。
声を聞きたい。身体に触れたい。抱きしめて、キスをして、そして・・・。
「よっ、橘花~。お前、宝探ししないの?」
「宝探し?」
「遺産だよ、遺産。クレメンタインの。いくらぐらいあんだろうな?1000万?1億?」
「ワタシ、そんなのに興味ないよ・・・。」
「なーに言ってんだよ!金はないよりあった方がいいに決まってんだろ?な。探すの手伝うからさー。」
聞きにくいことをずばり聞けるのは、確かにダニエルにしか出来ない芸当かもしれない。
宗太に頼まれるまでもなく、ダニエルは橘花に、気になっていることを聞いていた。
「そんなに欲しかったら、ダニエルにあげるよ。」
「えー?お前が探さなきゃ意味ないんじゃないの?大体お前、ここんとこ暗いぞ?仕事、してんのか?」
「・・・してるよ。」
「ウソつけ。あれっきり彫刻、作らないじゃん。な、俺、またモデルやってやろうか?」
「・・・そんな気分じゃないんだ。ゴメン。」
「どうしたんだよ。お前らしくないなー。・・・あ、どっか連れてってやろうか?サッカー見に行こうか?」
「だからそんな気分じゃないんだってば。」
「じゃ、どんな気分なんだよ。・・・なんか変だなー。」
どこかに、自分が手にするべき遺産がある、と聞けば、探すのが普通じゃないのか、とダニエルは思うのだ。
だが、橘花は行動を起こそうとはしない。それが不思議でならない。
橘花が彫刻を作らないのは、怖いからだ。
チャールズの像を作っているときに、誰かに操られて作らされているような、自分の手足が誰かに支配されて意識しないのに動くような、あんな感覚をもう味わいたくないからだった。
『・・・もうっ。ダニエルのくせに、変なトコ鋭いんだから・・・。』
「ね、橘花さん。」
「ん?」
「ボクさ、今、畑作りに凝ってんだよねー。」
「野菜とか?」
「うん。今度さ、気が向いたときでいいから、種拾い、付き合ってくれない?」
「種?お店で売ってるんじゃないの?」
「店で買えるのは普通の種だろ?そうじゃなくってさ、レアな品種があるんだよ。生命の果実って知ってる?すっごく美味しいんだよ!」
「あ、なんか聞いたことある。」
「無理に・・・とは言わないけど・・・。気が向いたらでいいんだ。」
「うん。分かった。」
宗太が気遣ってくれているのが分かった。
ダニエルが気がついているのだ。考えてみれば、宗太が気付かないわけはない。
『・・・くっそ・・・なんかイライラする・・・。』
宗太と橘花がそうやって、なんのことはない話をしているだけなのに、左京は苛立ちを感じていた。
そんな自分を、最低だ、と思う。
『嫉妬してんのか・・・俺。・・・あ、橘花ちゃん・・・。』
声をかけようか、と思って、やめた。
『何、一生懸命作ってんだろな。・・・可愛い・・・。』
今、声をかけると自分が暴走してしまいそうで、けれども暴走したいような、いや、でも暴走してはいけないような、でも後先考えず暴走したいような・・・。
『んあーっ!何考えてんだ、俺っ!』
自分はもう、一生恋愛など出来ない、と思っていた。
なのに、今、これまで感じたことのない感情で、身も心も焦がれるようだった。
「・・・なんだ・・・俺・・・。今まで恋愛なんかしてなかったんじゃないか・・・。」
「バカだな。」
「こんなに一人の女性を欲しいなんて・・・思ったことない。」
橘花にこのことを告げるか止めるか・・・しかし、自分の気持ちだけでも伝えたい、そんなことを考えていた。
「ね、ギル。機嫌直った?」
「お前が反省するならな。」
「反省はしてるってばー。」
「・・・ったく調子いいな・・・お前は。家ん中で修羅場になったら、俺、友だちなくすだろ?」
「左京はもう誘えないよー。」
「なんで左京限定なんだよ。」
「ギルにだけ教えてあげるっ。」
「なんだ?」
「あのねっ、あたし、見ちゃったんだー。左京が橘花にキスしてるトコ。」
「えっ?」
「マジか?」
「大マジ!ビックリしちゃったよ~。」
その時、後ろに宗太がいることに二人とも気付いていなかった。
「ちょ・・・ロッタさんっ!今の話・・・何っ!?」
「あ・・・宗太・・・。」
「(ヤバイな・・・。)」←ギル
小声で囁いたつもりだったのだが、宗太に聞こえてしまっていた。
「ホントなの!?お父さんが橘花さんにキスしたなんてっ!」
「え・・・う、うん・・・。」
「いつっ!?どこでっ!?」
「坊ちゃん、落ち着け。」
「ロッタ、お前、見間違いじゃないのか?」
「え・・・ホントだもん・・・。ぎゅーって抱き締めて・・・。」
「(・・・こいつ・・・バカか!?俺に合わせりゃいいんだよっ!)」
そんなギルの視線には気付かず、ロッタは正直にありのままを話してしまった。
「そんな・・・お父さんが・・・なんで・・・。」
「お父さんがライバルだなんて・・・勝てっこないじゃんか・・・。」
実際の左京の気持ちは分からなかったが、もし、左京が橘花に手を出せば、橘花は自分のものにはならないだろう。
そんな気がした。
途中からがっつり作り直していたので、時間がかかってしまいました。すみません~。
親子で一人の女性を奪い合うなんて、鬼畜な展開だなぁ。
ダニエルも混ぜてあげたいなぁ。無理かな?
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