「橘花さん、彫刻台、借りるよ。」
「どうぞ。」
エリックの話を聞いてから何日も過ぎ、なぜか橘花が彫刻台に向かわないことに、最初に気付いたのは、やはり宗太だった。
「金属扱うのって難しいな。ね、橘花さん。この辺りのフォルムってどうすればいいの?」
「思うように作ればいいのよ。」
「その・・・思うように、が難しいんだよなぁ。」
彫刻に関する話題を振ってみても、反応が今ひとつ悪い。
「ね、美術館でも行かない?」
「ゴメン。そんな気分じゃないんだ。」
「・・・そっか・・・。」
「えっと・・・ほら、もう遅いし。」
「今度また、ねっ。」
「うん・・・。」
宗太もこれ以上は踏み込めない。
橘花が彫刻を作る才能は、自分が努力して得たものではなく、クリスから受け継いだ血が作らせるのではないか、と疑問に思っているのだろうと察しはついた。
「ボクじゃダメか・・・。なんだか橘花さん見てると、芸術家目指すのって怖くなる。
・・・お父さんに頼もうかな。お父さんなら芸術抜きで話しが出来るだろうし・・・。」
宗太は橘花が作る彫刻が好きだった。
しかし、それ以上に橘花自身のことが好きだ。
けれど自分には橘花を元気付ける力はないのが悲しかった。
「おーい、橘花。・・・あれ?君、橘花知らない?」
「ギルベルトです。橘花なら出掛けたんじゃ?」
「・・・君も絵を描くのかい?」
「うーん・・・仕事が週イチなんで、特にやることもなくって。」
そこへ現れたロッタ。
「ギルー。・・・あ、橘花のパパさん。」
「やぁ。おはよう。」
「ね~え、パパさんって彼女いるの?」
「いや?いないよ。」
「あたしみたいな女、どう思う?」
「うーん・・・。少なくとも僕は、橘花と同じ年頃の嫁を持つ気はないけどね。」
ところ構わずオトコを口説くロッタに、ギルがいい顔をするわけがない。
『こいつ・・・俺に用があったんじゃないのか!?』
「ぴー・・・。」
内心かなり苛立っているギル。
1号が心配そうである。
さて。場面は変わって・・・
仕事の打ち合わせ後に、ふらりと公園に立ち寄った左京。
その左京に声をかける人物がいた。
「左京!」
「ん?」
なんとなく、聞き覚えのある声に振り向くと・・・
「君は・・・。」
「久しぶりね、左京。元の妻の顔なんか忘れちゃった?」
「まさか。・・・本当に久しぶりだ。」
別れた妻のマルゴがそこに立っていた。
サンセット・バレーでは時々見かけていたものの、話をすることもなく、ツイン・ブルックに移り住んでからは、もちろん見かけることもなくなっていたし、連絡もしていない。
「どうしたんだい?ツイン・ブルックに越してきたのか?」
「ううん。仕事でね。出張してきたのよ。」
「へぇ。」
同じ頃、橘花は委託販売所に立ち寄って、買い物をいていた。
「新しい本、公園でちょっと読んでから帰ろうかな。」
そんなことを考えて、目の前にある公園に向かった。
そこで見た光景は・・・
「・・・あ、左京・・・。」
声をかけようとして一瞬ためらい、そしてやめた。
左京の目の前には美しい女性がいて、二人はとても親密そうに見えた。
「キレイな人・・・左京・・・と付き合ってる人なのかな・・・。」
とてもじゃないが、ファンという感じではない。
かといって、仕事関係の人物という雰囲気でもない。
「なんか・・・声かけちゃマズイ・・・よね・・・。」
「左京・・・付き合ってる人がいるなんて、一言も言わなかった・・・。
・・・ううん。別に同居人にわざわざ言う必要ないよね。」
自分はミュージシャンの左京が好きなのであって、普段の左京が好きなわけじゃない。
橘花は必死にそう思い込もうとした。
けれど、左京の人懐こい笑顔が頭の中をぐるぐると回る。
いつしか・・・橘花が思い描くのは、テレビに映るクールな左京ではなく、周りを笑わせていたり、ジョークを言って子供みたいに笑う普段の左京の姿になっていることに、気付いてしまった。
「左京、あなた、変わらないわ。一緒に暮らしてた頃と。」
「そんなことはないさ。だいぶ年くっただろ。」
「ううん。テレビでも見てるけど、ちっとも変わらない。」
そうだろうか、そんなに変わっていないだろうか?
彼女の言うのは、外見のことだと分かっていたが、以前の自分に嫌気が差し、変わろうと努力した左京にとって、その言葉は辛かった。
「ねえ、宗太は元気?」
「ああ。元気だよ。ハイスクールも卒業したよ。」
「そう。儀助は街で時々見かけるんだけど、宗太のことはずっと見ていないから・・・。」
「そうだな。」
「私、数日しかいられないんだけど・・・宗太に会いたいわ。・・・いいえ、どこかから姿を見るだけでもいいの。」
「うーん・・・あいつ、あんまり外出しないからなぁ。」
「家は?どこに住んでるの?」
「すぐ近くなんだけどね。でも、俺たち二人で暮らしてるわけじゃないから。」
「結婚・・・したの?」
「そうじゃないよ。シェア・ハウスに住んでるんだ。」
「あ、そうなの・・・。・・・ね、連絡ちょうだい。食事でも一緒にしたいわ。宗太も一緒に。」
「それは・・・宗太に聞いてみないと分からないな。」
突然、別れた妻がふらりと目の前に現れ、やたら親しげに話しかけてくることに左京は違和感を覚えていた。
この違和感はなんだろうか、と左京は考えていた。
それでも、産みの母親が会いたがっていることは、宗太に告げようと思っていた。
「宗太、ちょっといいか?」
「あ。ボクもお父さんに話しがあるんだ。」
「ん?なんだ?」
「橘花さんのことなんだけどさ・・・。」
「うん?どうしたんだ?」
「最近・・・っていうか、あの話・・・クレメンタイン一族の話し聞いてから、元気がないんだ。」
「あー・・・それは俺も気付いてたけど・・・。」
「彫刻をね、作らなくなっちゃったんだ。」
「橘花ちゃんが?」
「うん。なんか・・・怖がってるみたいで・・・。」
「なにに?」
「ん~・・・それって言葉で表現するのは難しいんだけどさ・・・。なんていうか・・・橘花さんは橘花さんなんだから気にする必要ないよ、って元気付けてあげたいんだけど・・・。」
「言わんとすることはなんとなく分かるな。」
「でも、ボクじゃダメなんだ。だから、お父さんが橘花さんにうまく話してくれないかな、と思って。」
「なるほどなぁ。」
「ま、話だけはしてみよう。」
「お父さん、ありがとう。・・・で、お父さんの話しって?」
「んー・・・もういいや。たいしたことじゃないし。」
違和感の正体がうっすらと分かった。
一度も振り返ることなく小さな子供二人を置いて家を出たマルゴが、何事もなかったかのように話しかけてきた、そのことだ。
『現在』を生きている自分に、急激に割り込んできた『過去』。
彼女は、きっとサンセット・バレーで何かあって、ひょっとすると仕事などではなく、わざわざやってきたのかもしれない。
「・・・だったら、誘いには乗らない方がいいな。」
「マルゴ?俺、左京だよ。悪いけど・・・行けないから。・・・うん。すまない。」
もしかすると・・・今、左京が感じていることは、橘花が感じていることに通じるかもしれないと思った。
はい。フラグ立ちました(^-^*)
あとは野となれ山となれ。
それにしても文章が多いな・・・。それもこれも話しに沿ってスクショを撮っていないからです。はい。
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