「・・・ってか、なにやらせるんだよ・・・。」
「ふふっ。返事してくれたじゃない!」
「・・・いや・・・クマで話しかけられたから、つい・・・。」
起き抜けで、まだ夢の続きを見ているような気がして、つい乗ってしまったが、ハタ、と左京は我に返った。
「左京くんも持ってる?クマちゃん。」
「う・・・も・・・持ってるよ・・・悪いかよ!」
「別に悪くないよ。」
「あれがなきゃ眠れないんだよ!」
「あれ?どこ行くの?」
「便所!」
「ふ・・・ふふっ!よかったぁ~!」
「・・・ったく・・・クマで話しかけるなんて、反則だ・・・。」
部屋の様子を見て、テディベアを抱いて寝ている、と思われたのだろうか。
今頃になって気恥ずかしくなってきた。
「・・・あれ?・・・っていうか、アイツ、何者・・・?」
そういえば、名前は聞いたが、それだけである。
部屋に戻ると、彼女はまだそこにいた。
「あのさー・・・。」
「なにかな?左京くん。」
「・・・クマ、やめろって・・・。」
「お前・・・誰?」
「柑崎橘花。」
「名前はさっき聞いた。お前は誰で、なんでここにいんのかって聞いてんだよ。」
「あー・・・ワタシねー・・・この家で預かってもらうことになったの。
ね。左京くんのクマちゃん、見せて?」
「俺のはコイツだけど・・・預かってって?」
「わ。可愛い!キレイ!!」
「つーか、そいつ、ずいぶん薄汚れてないか?」
「え?そう?」
「ちょっと貸してみな。」
「え・・・どうするの?」
「洗ってやるんだよ。」
「クマって洗っていいの?」
「当たり前だろ。可哀想じゃんか!こんなに埃、かぶっちゃって。」
「お・・・?」
「なんだ。コイツ、水玉のシャツ着てんじゃないか!どんだけ汚れてんだよ!」
「・・・よし、と・・・。」
「ほら。」
「わ!」
「すっごいキレイになっちゃった!ビックリ!!」
「洗えばキレイになるに決まってんだろ。」
「左京くんって優しい!!」
「別に優しくないさ。クマが可哀想だっただけだ。」
「だいたい、何年洗ってないんだよ!」
「洗ったことないもん。」
「げ。」
左京はそのまま、テディベアをベランダに連れて行き、ベンチの上に座らせてやった。
「あとは1日、ここで乾かしときゃいいだろ。」
「ありがと。」
「コイツ、名前は?」
「名前?クマちゃん!」
「それ、名前じゃないだろ?名前、つけてやってないのかよ。」
「えーっと・・・ずーっとクマちゃんって呼んでた・・・。」
「つけてやれよ。」
「うん・・・。左京くんのクマちゃんは?」
「俺のはルークっていうの。」
「じゃ、レイアにする!」
「なんでだよ。やめろって。」
「なんでー?もう決めたもん!レイア!!」
「・・・ってかさー・・・クマだけじゃなくって、お前もなんか薄汚れてないか?匂うぞ?」
「え?そう?三日くらい前に水浴びしたんだけどなー。」
「水・・・って・・・風呂入ってこいよ!」
「えー・・・三日前だから、そんなに臭くないと思うんだけどなぁ。」
「風呂は毎日入るもんだ!いいから入って来いって。着替えは?」
「そんなのないよ!」
「え・・・。」
橘花をバスルームに追いやると、左京は出かける支度をした。
橘花はこの家に預けられた・・・と言うが、両親からそんな話は聞いていなかった。
もっとも、このところ両親は帰宅が遅く、ほとんど顔も見ていなかったわけだが・・・。
そんなことを考えていると、母親がやってきた。
久しぶりにまともに顔を見た気がする。
「母さん、慎太郎叔父さんは?」
「あ、慎ちゃんねー・・・昨夜遅く、発ったのよ。」
「なんだぁ・・・。」
「それより左京!橘花ちゃんに会った?」
「母さん・・・なんなの?アイツ・・・。」
「わー!こんな広いお風呂なんて・・・ずいぶん入ってないなー。」
「俺、あんなヤツ預かるなんて、聞いてないよ。何者?」
「あ・・・ゴメンね・・・。言うチャンスがなくって・・・。以蔵がね、課長さんに頼まれて、預かることになったのよ。」
「孤児?なんでウチなの?」
「うん。詳しい話は、お父さんも知らないらしいの。ただ・・・前に引き取られた家で、なにかあったらしくってね。」
「左京くんがヤな人じゃなくてよかった!可愛いしね。・・・お前もそう思う?アヒルちゃん。」
「同い年なんだし、気が合うかもよ?左京、仲良くしてあげてね。」
「えー・・・。」
「あはは!やっぱそう思う?」
「別に・・・特別仲良くしなくてもいいだろ。」
「どうして?女の子だから照れくさいの?」
「そんなんじゃない。・・・遊び行ってくる。」
「左京・・・。」
今日の今日まで、左京に、女の子を引き取ることになったと、以蔵もヒイナも言えずじまいだった。
悪いことをしたな・・・とヒイナは思ったのだが、左京は過剰に反応するわけでもなく、淡々としたものだった。
それは、すんなり受け入れている、と考えていいのだろうか。
それとも、自分には関わりのないことだ、と割り切っているということだろうか。
「あ!左京くん、ここにいた!」
「お前、風呂入ったのかよ。」
「うん!気持ちよかった~。」
「・・・ま、匂いは消えたかな。」
「へへっ。」
「照れるな。バカ。」
「どっか行くの?」
「釣り。」
「一緒、行く!」
しかし、左京の気持ちは、そのどちらでもなかった。
「ついてくんな。」
「行く!」
「・・・勝手にしろ。」
「街の中、案内してよー。」
「それは今度。」
こうやって、橘花が自分の後についてくることが、若干うっとうしいとは思うのだが、嫌な気持ちではない。
なんというのだろう。
その行動は、至極当然のような気がして、橘花に付きまとわれようがどうしようが、それを特別、意識せずにいられる・・・とでもいったらいいだろうか。
本当は、湖まで行こうかと思ったが、橘花がついてくると言うので、左京は歩いて行ける近所の公園にやってきた。
「わ!」
「ねー。ここ、よく釣れるの?」
「いいや、日によるんだよなぁ。大物はかからないし。」
「ワタシ、釣り、やったことないんだぁ。」
「教えないからな。あっちでなんか食ってろ。」
「お金ないもん。」
「いいや!これで遊んでよっと!」
橘花はブランコを見つけ、それを思い切り漕ぎ始めた。
「きゃー!左京くーん!釣れたー?」
「まだだよ!」
「すごーい!空が高ーい!青ーい!!」
「ねーねー!左京くん!釣れたー?」
「うるさいよ!お前!!」
「魚が逃げちまうじゃないか・・・。」
「おっ!」
「あ!釣れたのー?」
「ちぇ。小物だなぁ・・・。」
「やったねー!」
「うるさいって。」
それから
日が暮れるまで、二人でずっとそこにいた。
特に何か話をするわけでもなく、左京は釣りを続け、橘花は左京が見えるところで、ずっと一人で遊んでいた。
「ん~・・・やっぱ今日は調子悪いや・・・。」
「アイツ・・・何時間ブランコ漕いでんだ?」
もう、どのくらい時間が経ったのだろう。
日が傾き、夕闇が迫ってきた。
「そろそろ帰ろっかなぁ。」
「え。もう帰るの?」
「待って!待って!ワタシも!!」
「早くしろよ。おいてくぞ!」
父親は仕事に出かけたようだったが、もう帰っているかもしれない。
魚も小さいものしかかからないし、今日は早めに切り上げて帰ろう、と思ったのだ。
それに、橘花も側にいる。
なにせ、ここに来て、今日が初日なのだ。早く休ませたほうがいいのではないだろうか、と考えたのだ。
「あー。お腹減ったなぁ。」
「ワタシもー。」
「冷蔵庫、なんか残ってっかなぁ。」
「ん~・・・。」
「こないだ焼いたクッキーしかないか・・・。」
「左京くん、作ったの?」
「うん。」
「ワタシも食べていい?」
「勝手に食えよ。」
「勝手に食べて・・・いいの?」
「当たり前だろ!」
「あ・・・それも当たり前なんだ・・・。」
今朝、この家に来てから、何度その言葉を聞いただろう。
「ねぇ、なんで『当たり前』なの?」
「なんでって・・・変なこと聞くな。お前。」
「あ・・・美味しい。」
「料理、好きなんだ。たまに失敗するけど。」
「・・・。」
「どうしたんだ?食わないの?」
「ねぇ・・・どうして、おじさんもおばさんも左京くんも、『当たり前』って言うの?」
「何が?」
「すんごいふかふかのベッドがある一人部屋とか、毎日お風呂入ることとか、勝手にご飯食べていいとか・・・。」
「あ!あと、学校も行っていいって!」
「ベッドがなかったら寝れないじゃんか。どこで寝る気だよ。それに、俺と同い年なら、学校行くの当たり前だろ。」
「あ。また『当たり前』って言った!」
「お前さー・・・前、引き取られてた家で、どんな生活してたの?」
「うん?掃除したり洗濯したり、馬の世話したり。」
「学校は?」
「行ってないよ。」
「メイドとして雇われてたの?」
「ううん。家の事する代わりに、ご飯食べさせて貰ってたの。」
「なんだよ、それ・・・。何のために引き取られたんだよ!」
「ん~・・・施設にいてね、年頃の女の子が欲しいから、って引き取られたんだー。最初はそうでもなかったんだけどさー・・・げほっ。喉、つっかえた・・・。」
やけに明るく言うが、この身なりを見ると、どんな生活を強いられてきたのか、分かる気がする。
「・・・ゆっくり食えよ。誰も取ったりしないから。」
「ん。」
こういう時、どんな言葉をかければいいのか、左京は知らない。
聞けば答えるが、橘花は自分から話そうとはしない。
つまりそれは、話したくない、ということではないのか?
自分が『当たり前』だと思うような生活を、今まで彼女はしてこなかったのだろう。
それがどんな生活だったのか、左京には想像出来ない。
だけど、今は聞かない。
知る必要がない、と思った。
「・・・もうなくなっちゃった。」
「足んない?」
「ううん!結構お腹一杯になった!ワタシ、お皿洗っとくね!」
「いいよ。皿くらい自分で洗うから。」
「いいの!洗わせて!!」
「ん~・・・じゃ、任した。」
「うん!」
だって
「ふふっ。美味しかったなぁ~。」
誰かと一緒にいて
こんなにも気を遣わずに、自然に感じたことなど、今までなかったのだから。
橘花が側にいることが、『当たり前』のような感じがする。
生い立ちや境遇がどうであれ、こんなにも近く感じるのは・・・同情や憐憫といった言葉では片付けられない。
今はその感覚だけが、不思議で、けれど、とても大切なことのように思えたのだ。
( ゚▽゚)/コンバンハ
返信削除(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ- なんか、考えさせられるお話でした。
実際毎日当たり前だと思ってやってることも、視点を変えたらそうではないことって多いですよね。
ソレは、今年の地震でも想いましたが、当たり前の日常がどんなにあっけなく手の内から逃れてしまうのか・・・・。
例えば明日、事故にあってしまうかもしれない。
そしたら当たり前のようにしていた些細なケンカも出来なくなる相手がいる。
そういう当たり前のコトを日々つい忘れがちですが、こうやってたまーに思い出すのって大事ですね!
暖かい気持ちになりました(*´∇`*)
もんぷちさん、こんにちはー!
返信削除『当たり前』のことって、とっても大切なことのように思うんですよ。
どんなことを普通、『当たり前』って思ってるのかは人それぞれですが、
誰かにとっては普通の当たり前なことでも、それがとてつもなく幸せに感じる人もいるんですよね、きっと。
今の橘花は、まさにそんな感じです。
この子は、いろいろなことを経験してきてるんですけど、それは後々、書いていきます。
そんな、普通の日常をすごく大切に思っている二人が出会ったんですよねー。
いざ、自分がそう・・・例えば事故にあったり、病気になったりした時、やっぱり『普通』っていいな・・・と思うんでしょうね。
ちょっと風邪を引いた、ってだけでも、元気になったとき、健康の有難さが分かるんですよね~。
暖かくなってもらえて、良かったです(^-^)
これから寒さが厳しくなりますので・・・
ホントに、風邪なんか引かないように、気をつけてくださいね~!