「ええ・・・。はい。分かりました。場所は?」
「え・・・?・・・ああ、すぐに行きます。はい。」
「・・・ったく・・・。」
「なんだってあんな場所に・・・。」
「以蔵?どうしたの?仕事?」
「ああ。呼び出しくっちまった。さっき帰ってきたばっかなのに・・・。」
仕事から帰り、着替える間もなく、以蔵は課長からの電話を受けた。
「なぁに?事件?また例の犯罪組織?」
「いやぁ、そうじゃない。池になんかいる、って通報があったらしいんだ。」
「池?」
「ま、どうせでっかい魚かなんかが跳ねたのを見た連中が、脅えて通報してきたんだろうとは思うけど・・・。」
「池って・・・。」
「いや、森の中じゃないさ。手前のサヨナキ池だよ。」
「そう・・・。」
「心配するこたぁない!ちょっと行ってくるよ。」
「ねぇ、以蔵・・・。」
「ん?」
「左京が・・・まだ帰ってないの・・・。」
「え?慎太郎くんと遊びにでも行ったんじゃないのか?」
「慎ちゃんは、今日は森に行ったから、左京は一緒じゃないわ。それに・・・慎ちゃん、さっき帰ってきたの。」
「なんだと!じゃ、あいつ、また夜遊びか!?」
「ねぇ・・・なんだかすごくイヤな感じがするの・・・。」
「どうせまた、そこらで釣りでもして、時間忘れてるんだ!アイツ・・・。」
「そうだといいけど・・・。」
「帰ってきたらうんと叱ってやるから!」
「ねぇ、気をつけておいて?見かけたら帰るようにって・・・。」
「門限過ぎて補導されりゃ、連絡が入るよ。行ってくるから。」
「ん。」
このとき、ヒイナは嫌な胸騒ぎを感じていた。
だが、その胸騒ぎがなんなのかは分からず、仕事に向かう以蔵の後姿を見送ることしか出来なかった。
「ふぅん・・・。のんきなオッサンだねぇ・・・。」
「・・・ま、しょうがないか。・・・あー腹減った。」
「う・・・。」
左京は走った。
あの廃屋を出て、泣きながら走り続けていた。
どこをどう走り続けてきたのか分からない。
途中で何度も転び、そのたびに起き上がって、また走り続けた。
息が切れるまで走り続け、足が重くなり、倒れそうになっていた。
「はっ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
「はぁ・・・こんなとこに・・・池が・・・。」
ここまで走ってくる間、周りのものはいっさい目に入らなかった。
なのに、美しい鳥の鳴き声を聞き、左京は思わず足を止めた。
「は・・・はは・・・こんなときでも・・・喉が渇くんだな・・・。」
立ち止まってみると喉が引きつりそうなくらいカラカラなのに気がついた。
キレイな水なら、喉を潤せるかもしれない、と左京はふらふらと池に近付いていった。
「深い・・・な・・・。」
手を浸すと、凍るように冷たかった。
その水を一口すくって飲むと、呼吸が静まってきた。
「星・・・キレイだ・・・。」
夜空を見上げると、星が瞬いている。
ここはどこなのだろう、今は何時なのだろう、ということは、左京の頭の中から、すっぽりと抜け落ちていた。
「・・・う・・・。」
靄のかかった池の淵にしゃがみこむと、また涙が溢れてきた。
ひんやりとした空気が左京を包み込む。
夢中で走っているときはなにも考えられなくなっていたが、立ち止まってじっとしていると、自分が受けた仕打ちを、まざまざと思い出した。
「こんな・・・こんな世界・・・なくなってしまえばいいのに・・・。」
家に帰るのもイヤだ。
両親に愛されず、分かってもらえないのなら、一人で生きたほうがいい。
学校に行くのもイヤだ。
三人組の標的にされ、これ以上、辱めを受けるくらいなら・・・
こんな世界、消えてなくなればいいのに・・・
「それが君の望み?」
「え・・・。」
鳥の鳴き声が止み、木々がざわめいた。
左京は、頭ががんがんと痛み出すのを感じていた。
そう。
このところ、朝、起き抜けに起こる頭痛。
その同じ痛みが、今、左京を襲っていた。
「だ・・・誰・・・?」
「ここよ。」
目の前がぼぅっと明るくなった。
「ここにいるよ。」
風もないのに、梢が揺れ、ざわめきが聞こえる。
「それが君の望みなの?」
「え・・・。」
左京は・・・
ここが、あれほど行ってはいけない、ときつく言われていた、西の森の入り口だとは知らなかった。
「・・・夢・・・?」
「夢か幻か現実かは・・・君が決めるの。」
「手を・・・。」
頭がガンガンと痛む。
これが現実だとしたら、目の前にいるのは魔性のものだ。
だが、
左京は言われるがままに、手を伸ばしていた。
「一緒においで。」
「・・・え・・・。」
こんなに美しい人間がいるはずがない。
これは魔性のものだ。
ガンガンと警鐘のように、痛みが頭の中に響く。
「君が悲しまない世界に連れて行ってあげる。一緒においで。」
聞いてはいけない。
見てはいけない。
それが分かっていながらも、左京はそこから動けなかった。
「おいで。」
その言葉は甘美な響きで左京を誘い、目の前がすぅーっと暗くなっていった。
「そんなのしかなくて・・・すまんな。」
「いえ!いいんです。十分!」
「靴履いたのなんか久しぶり!」
「へぇ?」
「わ!ここなんですか?でっかい家!!」
『でっかい・・・?』
「・・・。」
休日の朝、以蔵は、例の問題児の女の子を引き取るために、警察署に出向いた。
あの、品のない、自称篤志家の女性が一緒にいるもの、と思っていたが、この子は一人で、ぽつん、と警察署の入り口に佇んでいたのだ。
足元を見ると・・・裸足だった。
とりあえず、署の女の子にサンダルを借り、それを履かせて、家まで連れ帰ってきたのだった。
薄汚れた服を着て、しかも裸足という奇妙ないでたちではあったが、しかし一見する限り、問題児とは思えなかった。
「わ。すっごい玄関・・・。」
「さ。お入り。今日からここが君の家だ。」
警察署から家までの道すがら、少し話をしたが、屈託なく、よく喋る普通の子、というのが以蔵の最初の所感だった。
「ヒイナ。」
「この子なの?」
「ああ。・・・えーっと・・・名前は・・・。」
「柑崎橘花です!」
「あの・・・あの・・・桜庭ヒイナさんですよね!!すごーい!!キレイ~!!」
「え?あ・・・知ってるの?ワタシのこと・・・。」
「当たり前じゃないですか!!」
「あの・・・サイン貰えますか?」
「ワタシのサインなんて、なんの値打ちもないわよ!」
「く・・・くれないんですか?」
「え?欲しいならあげるけど・・・。」
「やった!!家宝にします!!」
「家宝って・・・。」
しかし、なんだかおかしい。
「それより、橘花ちゃん。あなたの部屋に案内するわ。」
「部屋?ワタシの?」
「そうよ?」
「こっちよ!いらっしゃい!」
「え・・・わ・・・。」
「家具とか、どんなモノが好みか分からんかったからなぁ。」
「あの・・・。」
「ん?なんだね?」
「あのー・・・ワタシ一人の部屋?」
「なに言ってるんだ!当たり前じゃないか!」
「当たり前?」
「君を引き取るんだから、部屋を用意するのは当たり前だろう?」
「このベッド、寝ていいんですか?」
もしかすると・・・この子は今まで、とんでもない生活を強いられてきたのかもしれない。
「・・・ちょっと待て。君、今までどんな生活してたんだ?」
「えーっと・・・納屋とか。洗濯室とか、布団部屋とか。」
「えっ・・・。」
「こんなふっかふかなベッドなんて、寝たことないです!」
「驚いた!なんだ、そりゃ!!」
「えっとー・・・じゃ、ワタシ、なにすればいいですか?お掃除?洗濯?」
「は?」
「だって・・・タダでこんなベッドに寝てもいいんですか?」
「掃除も洗濯もメイドがするよ!!」
「じゃ、料理?ワタシ、料理はあんまり得意じゃなくって・・・。」
「そんなことしなくていい!!」
「えっと・・・ワタシ、夜のご奉仕は無理なんですけど・・・。」
「何を言ってる!?だからそんなことしなくていいんだ!!」
「君は学校に通って、勉強して、友達と遊んでればいいんだよ!」
「え!?学校、行かせて貰えるんですか!?」
「当たり前だ!!」
きっと今まで、こんな当たり前のことをさせてもらえないような・・・そんな仕打ちを受けてきたのだろう。
学校に行ける、と聞くと、目をキラキラと輝かせて、嬉しそうに笑った。
「そうだ。君は左京と同じ年だったな。」
「左京・・・?」
「俺たちの息子だよ。」
「男の子・・・?どんな子ですか?」
「そうねぇ・・・口数は少ないけど、頭がよくってね。」
「へぇ。」
「あの・・・どこにいるんですか?」
「あら。そういえば・・・まだ寝てるのかしら。」
「そうだ!左京のヤツ、昨夜、ちゃんと帰って来たのか?」
「うーん・・・気づいたらいつの間にか帰って、寝てたのよ・・・。」
「ならいいけど・・・。」
「門限前には帰ってたみたいよ?」
「あ、そうだ。学校に転入手続きせにゃいかんなぁ。」
「制服とかも揃えなくっちゃ。」
「そうだ!靴とか服とか、君、選んでやってくれよ。」
「うん。あと、なにがいるかしら?」
「ねぇ、橘花ちゃ・・・あら?」
「あれ?あの子・・・どこ行った?」
「あ・・・朝か・・・。」
ひどく怖い夢を見ていたような気がする。
「・・・あれ・・・?俺・・・。」
いつの間に帰ってきたのだろう。
頭の中に靄がかかったように、なんだかはっきりしない。
どこからが夢なのか、どこまでが現実なのか、よく分からない。
ただ・・・怖い夢を見た、と思う割には、不快な気分はなく、ゆっくりと覚醒していくような、妙な気分だった。
「・・・変なの・・・。」
このところ悩まされていた頭痛もなく、左京は自分の五感が少しずつ活動し始めるような気分を味わいながら、ベッドから起き上がった。
「・・・え・・・?」
・・・と、部屋に見知らぬ少女が立っていた。
「だ・・・誰だよ。お前・・・。」
「君が左京くん?」
「だから、誰なんだよお前。どうやって入ったんだよ。」
「バスルーム、繋がってんだね!」
「え?」
「この部屋、いいね!!面白そうなものがいっぱいあって!!」
「え・・・。」
「エヴァ、好きなの?綾波派?」
「え・・・まぁ・・・。」
「ワタシも!!」
「・・・ってか、お前、誰なんだ、って聞いてんだよっ。」
「ふふっ。」
「初めまして!!ワタシは柑崎橘花!あなたは?」
「俺は佐土原左京。」
「よろしくねっ!」
いじめられっ子で泣き虫の少年と、裸足の少女が、今、出会った。
( ゚▽゚)/コンバンハ
返信削除(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-
なんか幸せの予感がします!!
なんていうか、もぅ胸がいっぱいになりました。
二人でいたら、楽しいことは2倍楽しくて、辛いことは半分コ・・・そんな感じになれたらイイなーって思いました。
寝る前に立ち寄らせていただいてヨカッタ(*´∇`*)
気分よく眠れそうです!
いよいよ橘花登場ですね♪ 彼女との出会いが左京をどんな風に変えていくか楽しみです
返信削除しかし、夜のご奉仕…って ( ̄ー ̄)ニヤリッ 何ですか、それ(<カマトト)
PS 引っ越したのは「だれ太」「存在の…」ではないもうひとつのサイトです
もんぷちさん、こんにちは!!
返信削除ああ~・・・早くこの回が書きたかった!!
でも、幸せ?・・・うーん・・・幸せって言うのかなぁ~。
左京はまだまだ気を許してるわけではないのですよ。
単純に仲良くなれる・・・ってわけでもないんですよね~。
けど、彼女は間違いなく、左京の孤独を癒してくれる存在にはなるんですけどね(^-^)
そのあたりの、左京の心境の変化を、ゆっくり書いていこうと思ってます。
ともかくやっと二人は出会いました!
学校のシーンも楽しくなりますよ!!
片岡さん、こんにちは!!
返信削除ようやく橘花が出てきました!!
左京は、根本の性格はたぶん変わらないんですよ。
でも、今まで見せなかった表情がお見せ出来るのでは、と思います(^-^)
本来の甘ったれで人懐っこい性格が出てくるかな~。
夜のご奉仕は・・・ふふ。
奥さんの前でそんなこと言っちゃあダメですよねww
あ。お引越しはもう一つのほうでしたか!!
そちらもリンク貼らせていただこうっと♪
あー良かった。
返信削除左京、死んでなかった(当たり前じゃw)
気づいたら二話も更新しとった!
前回は、左京が悲し過ぎて何も言えんくらい悲しかったけど、
やっと問題児らしき少女・・・・てか、橘花ちゃんキター!!(>_<)
あーこの後、どーなるか・・・・
つかもう、ひでぇよ!あの三人マジでイヤだぁぁ~~!!
天誅を下してくだされ、ユズ神さまぁ~(/_;)わぁ~んっ
けーくん、こんばんはー!!
返信削除なんですかね・・・自分でも、作ってて、やな話しだなぁ・・・って思っちゃって・・・。
なので、早く進めたかったんですよ~。
橘花、やっと出てきましたよ~(^0^)
まだ変身前(?)なので、わざとダサい感じにしてますが・・・あんまりダサくなかったなぁ。
制服着せたら、可愛いですよ♪
三人組、酷すぎますね・・・。
でも、いつまでもこのままじゃないです。
天誅、下りますよ!!
待っててくださいね(^-^)