「あ・・・もう朝か・・・。」
昨夜、以蔵は帰ってこなかったようだ。
父親の許しがなければ外出も出来ないし、どうしようか・・・と考えていた。
「釣り・・・行きたいな・・・。」
「・・・あ、また・・・。」
ぼんやりとした頭でベッドから起き出ると、ズキ、と痛みが走った。
「なんなんだよ・・・これ・・・。」
このところ、度々こんな頭痛に襲われる。
けれど、それは長い時間続くものではなく、薬を飲まなくとも、1時間ほどで消えてしまうのだ。
「枕が合わない・・・とか?」
しかし、寝違えた、などというものとは違う。
寝違えたのなら、痛みはもっと続くものだと思うし、それよりも、もっと頭の芯から痛いような気がするのだ。
「・・・ま、いいや。どうせそのうち良くなるだろうし・・・。」
「以蔵、新聞、載ってるよ?」
「もう?マスコミは仕事が早いな・・・。」
昨夜の事件が、もう今朝の新聞の一面に載っていた。
以蔵は事件の後処理を終え、ついさっき帰宅したばかりだった。
「以蔵、すごーい!4人も逮捕したの?」
「ボスがいなかったから、下っ端ばっかりだけどね。これじゃ、一味を潰すまでにはならないなぁ。」
「でも、しばらくはおとなしくなるんじゃない?」
ダイニングで両親がそんな話をしているのを、左京は小耳に挟んだ。
「疲れたでしょ?」
「ああ。けど、変に目が冴えちまってなぁ。」
「ちょっと仮眠したほうがいいんじゃない?」
「君は?仕事は?」
「午後からなの。」
『へえ・・・。』
『昨夜・・・なんか事件があったんだ・・・。』
自分も後で、新聞を見てみよう、と思っていた。
やはり、いつの間にか頭痛は消えていた。
『父さん、さすがだな。犯人逮捕なんて。』
そんな父親を、左京は誇らしく思う。
例え、自分に対して厳しい父親でも、真面目に仕事をして社会の役に立っている人物なのだ、と思わずにはいられないのだ。
「あ、そうだ。仮眠する前に・・・。」
「ん?」
「電話で言ったろ?課長から、頼まれちまってさ。」
「あ。なぁに?」
「子供をさ、預かって貰えないかって。」
「子供!?」
「うん。」
「どうもその子、ワケアリらしくってさ・・・。元は署長から降りてきた話で、課長も詳しいことは知らんらしいんだが・・・。」
「子供って・・・。」
「左京と同じ年の女の子らしいんだ。」
「女の子なの!」
「ああ。」
「いいじゃない!ワタシ、女の子が欲しかったのよね~。」
「君・・・もう一人子供、欲しかったのか・・・?」
「ま、今だから言えるのかもしれないけどね。でも・・・同じ年頃の子が家にいた方が、左京もここで暮らしやすいんじゃないかしら?」
「左京か・・・そうかもしれんな。」
「せっかく・・・一緒に暮らすようになったのに、ワタシ、あの子の顔、まともに見てないわ。」
「昨日・・・なにかあったのか?」
「う・・・ん・・・。」
「あの子、以蔵がまだ怒ってるか、って気にしてたの。なのにワタシ、台詞覚えるのに必死で、生返事しちゃって・・・。」
「そうかぁ・・・。」
「なんだか・・・うまくいかないのよね・・・。」
「ふーむ・・・。」
「・・・まぁ、左京がその子と気が合うかは分からんが・・・俺たちがあまり家にいられない分、誰かが側にいた方がいいかもしれんな。」
「そうね。」
「じゃ、空き部屋にベッド入れなきゃ!」
「そうだな!」
その女の子がどんな子なのかは分からない。
問題児だ、という話だったが、それならそれで構わない。
家の中に変化が訪れることで、左京の心境にも変化があれば・・・と二人は単純に思っていたのだった。
「おい。佐土原。」
左京はまだ、なにも知らなかった。
両親は、左京には折をみて話すつもりではいたが、以蔵は夜勤の疲れで眠ってしまい、ヒイナはその日も遅くまで仕事で、左京の顔を見る間もなかった。
左京も、家にいながら両親を避けるように行動して、月曜のこの朝も、二人とは会話もしないまま、登校していた。
「え?なに?」
登校すると、同級生が声をかけてきた。
転校してきてから、いつだって一人で行動していて、こんなことは始めてだった。
「お前んとこの親父、警察官なんだろ?」
「あ、うん・・・。」
なんの話だろう。
しかし、この雰囲気は、おそらく、いい話ではない。
いつもつるんで悪さをしている、という三人組に囲まれ、左京は身構えた。
「てめぇんとこの親父のせいで、ウチの親父がパクられたんだぞ!」
「え・・・。」
「ジェイクんとこの親父は、ビジー一味の幹部なんだ!!なっ。」
「ああ。」
「あ・・・。」
「てめぇの親父のせいで、撃たれて怪我させられた上に、ムショ送りだ!どうしてくれんだよ!!」
「え・・・そ・・・そんなの・・・。」
なるほど、犯罪組織の一味の幹部を父に持ち、やりたい放題悪さをして、幅を利かせているというわけだ。
「そんなのっ!父さんは警察官なんだから、犯罪者を捕まえるのは当たり前じゃないか!!」
「なんだと!?このチビ!!」
こんなことを言われて、左京はだまってはいられなかった。
父が犯罪者を検挙したニュースは、新聞で読んだし、テレビでも見た。
左京にはそれが悪いことだとは思わない。
犯罪を犯すほうが悪いのであって、父に非があるわけではない。
「てめぇ・・・生意気なんだよっ!!」
「う・・・。」
しかし、身体の大きな同級生に詰め寄られ、左京はたじろいだ。
腕力にはまったく自信がない。
「ま・・・てめぇがちっと都合つけてくれれば、済むことよ。」
「な・・・なに・・・?」
「分かんないの~?金だよ。金!」
「な・・・。」
「てめぇの親父のせいで、小遣いもらえなくなっちまってなぁ。遊ぶ金に困ってんだ。」
「・・・なんで・・・。」
「なんで俺がお前らの小遣い出さなきゃいけないんだよっ!誰が出すか!!」
「この・・・。」
「いいから黙って出せっ!!」
「あ・・・っ!」
「持ってんだろ!?てめぇんち、金持ちらしいじゃねぇか!!」
「お前らにやる金なんか・・・。」
「ジェイク、やっちまえよ!!」
「あ・・・。」
こんな理不尽なことを言われて、屈する気はない。
だが、暴力を振るわれ、左京は足が震えて何も言えなくなった。
「おら!チビ!!金出せよ!!」
「・・・やっ・・・!」
「おらおらぁっ!!」
「いたっ!!」
「どうだ!!」
「はっ!ざまぁみろ!!」
「・・・う・・・。」
「俺に逆らうとこうなるんだよ!覚えとけ!!」
「あ・・・イタ・・・。」
「ふん。やっぱ金持ってんじゃねぇか。おとなしく出しゃいいんだよ!!」
したたかに殴られ、持っていた金をすべて奪われた。
「明日も持って来いよ!チビ!!」
「・・・おい、ジェイク。田中が来たぞ。」
通りかかった教師が、左京が囲まれているのを見てか、近付いてきた。
だが、今頃やってきても、事は終わった後だ。
「こら!剛田!!何やってる!?」
「別に~。」
「暴れてたんじゃないだろうな!」
「運動不足なんでレクリエーションっす。」
「さっさと教室に入れ!予鈴はもう鳴っただろう!?」
「へーい。」
悪さをし慣れているせいか、こいつ等は要領がいい。
いつだってそうだ。
「・・・くそっ・・・。」
心底悔しい、という気持ちはある。
「自転車買うお金だったのに・・・。」
だが、対抗できる腕力は、左京にはない。
いつだって、
周りの連中は見て見ぬ振りで、
大人だって、わざと外しているとしか思えないタイミングでしかやってこない。
犯罪組織の幹部を父に持ち、睨みを効かせている彼等が、同級生などに乱暴を働いたり、街でイタズラをしたりしていることを、誰もが知っているはずなのに、何も言わない。
そして、彼等も、現場を押さえられるようなヘマは決してしない。
「う・・・くそっ・・・。」
悔しさばかりがこみ上げてきて、授業が頭に入らない。
目立たないように行動していれば、標的になるはずなどなかった。
けれど、父親の仕事のせいで、自分が的になるとは、思ってもみなかった。
彼等の左京に対する攻撃は、その日を境にして始まった。
「チビ。金、持ってきただろうな。」
翌日も校舎の裏に引っ張っていかれ、金をせびられた。
「お前らにやる金なんか・・・ないよ!」
「なんだと!?」
左京はまだ、理不尽に感じこそすれ、彼等に対して恐怖感は抱いていなかった。
「持ってこいって言ったろうが!!どうしてくれんだ!!遊びに行けねぇじゃねぇか!!」
「そ・・・そんなの俺、知らないよ・・・。」
こいつ等が、遊ぶ金欲しさに自分を強請るなら、現金を持ち歩かなければいい。
金を持っていないと分かれば、暴力は振るわれるだろうが、そのうち、しつこく付きまとわれることはなくなるだろう、と思っていたのだ。
「なんだと!?生意気なんだよてめぇっ!!」
「あっ!!」
殴りたければ殴ればいい。
それで気が済むならいくらでも殴って、そして自分に付きまとうのはやめてくれればいい。
そんなことを考えていた。
「やっちまえ!ジェイク!!」
「骨の1本でも折ってやれば分かるか?ああん!?」
「・・・いってぇ・・・。」
いくらでも殴ればいい、とは思うが、強い力で殴りつけられ、左京は立ち上がることも出来なかった。
「ジェイク、コイツ、ここに閉じ込めちまおうぜ!」
「おお。サトシ、そりゃいいな。」
「一晩ここに閉じ込めときゃ、金を用意する気にもなるだろ。」
三人組は、左京を物置小屋に放り込み、そして、外から鍵をかけてしまった。
「お・・・おい!ちょ・・・出せよ!!」
「バーカ!誰が出すか!」
「そこで一晩考えるんだな。金を持ってこなかったおしおきだ。」
「ち・・・くしょ・・・うっ・・・えっ・・・。」
左京は・・・こんなことは慣れていた。
前の寄宿学校の時も、こうやって苛められ、トイレや倉庫に閉じ込められたことがある。
理由は・・・
あの時は、誰とも親しく接しようとしなかった左京が、女優の息子である、と知った同級生からその境遇を妬まれたのだった。
それに対して左京が、両親とは離れて暮らしているし、自分には関係ない、と突っぱねてしまった為、苛めがエスカレートした。
ただ、良家の子女が多く通う学校だったせいか、金をせびられたり、暴力を振るわれたりすることはなかった。
その分、陰湿ではあったのだが。
まして、左京が子供っぽい趣味を持っていることで、周りから白い目で見られ、だから・・・
授業に出るのも、寄宿舎に帰るのもイヤで、街をふらついたりしていたのだ。
「ここでも・・・か・・・。」
どこにいたって、自分は爪弾きにされる。
ブリッジポートからこの街にやってきて、両親の下に逃げ込んだつもりだったが、ここにも自分の居場所はなかった。
「暗く・・・なってきた・・・。」
どうしてなんだろう?
なぜ自分は、どこに行ってもうまくやっていけないのだろう?
「くっそ・・・小便してぇ・・・。」
「うっ・・・。」
その日、見回りの教師がここを開けてくれなければ、左京は本当に一晩、ここで過ごすことになっただろう。
たかが同級生、まだお互い子供だし、さほど執拗でもないだろう、と思っていたが、悔しさがだんだんと怖れに変わっていったのはこの時からだった。
「で?どうしたのー?」
「裏の物置に閉じ込めてやったのに、誰かが開けやがったんだよ!!」
「ま、金持ってくるまで何度もやってやるけどさぁ~。」
「あんまりやったら、チクられるんじゃない?」
「あのチビにそんな度胸、あるかよ!」
「だってアイツの親、警察官なんでしょ?親にチクられたら、どうすんのさ!」
「大人なんかちょろいもんさ!アイツの方が嘘ついてるって言い張って、涙の一つでも見せりゃ、なんとでもなる!」
「ジェイク、頭いい~!さすがだな!!」
「おっ。来たぞ。」
学校に来るのはイヤだった。
だが、登校しなければ、親にバレる。
この前も、門限を破って、父親にしたたか怒られた後だったので、左京は勇気を振り絞って登校したのだ。
学校では、彼等に極力接しないように、休み時間はトイレにでもこもって、授業が終われば、声をかけられないようにすぐに帰ればいい。
そう思っていた。
「・・・あ・・・。」
「・・・。」
教室の自分の机の上に、
花が飾られていた。
「おっ?佐土原ー。」
「うひひっ!」
「お前、死んだんじゃなかったのか~?もう、あそこから出てこないかと思ったぜ!!」
「・・・。」
何を言っても無駄だ、ということは分かっている。
「金も用意できないんなら、死んじまえよ!!」
「そーそー。」
だから左京は口を噤み、いっさい受け答えしなかった。
前の学校の時もそうだった。
そうやって、ずっと一人でいることに慣れていたのだ。
その時、チャイムが鳴った。それに救われた思いだった。
「ほら~席、つけ~。」
「ちっ・・・もう来やがった。」
「ふん。命拾いしたな。」
この時ばかりは、時間通りにきちんと授業にやってくる教師に感謝した。
「ま、週末までに10万用意してくれば、考えてやってもいいぜ!」
「10万じゃ足んないんじゃね?」
「とりあえずだよ。」
「親の財布から抜き取ればわけねぇだろ?それが出来なきゃ、スリでも引ったくりでもなんでもやって用意するんだな。」
こんなことは・・・
慣れている。
大人に訴えたところで、子供同士のコミュニケーションだ、と一笑に付されるか、苛められるほうにも原因があるのだから、自分で解決しろ、と言われるか、なんにせよ、大人はアテにならないことを、左京は経験上、知っていた。
だが、慣れてるからといって、
平然としていられるわけではない。
ここから今すぐにでも逃げ出したい。
胸の中にぐるぐると嫌な感情が渦巻き、鼓動が激しくなる。
だがどこにも逃げ場はない。
左京は自分が、ハンターに狙われた、なんの力も持たない小動物にでもなったような、そんな切羽詰った感覚を味わわされていた。
( ゚▽゚)/コンバンハ
返信削除(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ- 今回も面白い!
と言うか、続きがすっごく気になります!!
「剛田」でフイテしまいましたがwww
それにしてもみなさんの制服指定とか、学校ってRABBIT HOLEで入れないのかと思っていましたが、実は入れるのでしょうか?
seifukuも上品な感じで素敵ですね!
いじめっていつの時代もどこにでも存在しますが、ホントなくなればイイのに!って思います。
でも、因果応報を信じて頑張って欲しいです!
応援してます(*´∇`*)
もんぷちさん、こんばんは!
返信削除学校ですね~・・・。
学校は実際はRABBIT HOLEなので入れないはずなんですが・・・外観を元の建物に似せて、がっつり中を作りこみました!!
で、学校のシーンは別データで動かしてて、この『学校』を家にして、先生と生徒、22人が生活しております(^_^;)ゝ
で、生徒は全員、普段着が同じ制服というわけで。
やってみたかったんですよね~。こういうの!
裏話的ですみません;;
剛田はもう、いじめっ子を作るときに、『剛田』しかないだろうって・・・。
彼は『剛田ジェイク』って名前ですww
いじめ、って誰にでも経験、あるんじゃないかなぁ、って思います。
ワタシが子供の頃なんかも、男子と女子、ってだけで仲が悪かったり、ちょっとしたきっかけで、仲間はずれにしたり・・・。
ワタシは子供いないんで、最近の学校事情は分かりませんが、昔よりもひどいイジメが存在してるんだと思います。
ホント、なくなって欲しい(ノ_-。)
左京がこの後どうなるのか・・・実は次回はもっとひどいです。
けど、次回がどん底で、そこからは少しずつ、左京の笑顔も見てもらえるんじゃないかな~と思います!!