Tight Squeeze（前編）

ライブは、しょっぱなから盛り上がっていた。

左京の歌声がバンドの音と溶け合い、音楽を紡ぐ。

橘花は、こんな瞬間を今まで何度も味わってきた。

「左京・・・。」

ゾクゾクとする興奮が、足元から頭のてっぺんまで駆け登る。

左京のライブを見るたびに感じる、幸福なエクスタシー。

左京の声だけでイける。
やっぱり左京には、こんな風にステージで歌い続けていて欲しい。

ライブは盛り上がり、歓声が鳴り止まない。

会場にいる全員が一体となって、大音響の中、夢の世界へと堕ちていった。

「橘花ちゃん！」
「あ。京子さん。」

「すごいステージね・・・。こんな間近で・・・初めて見たわ。」
「最高でしょ？左京。」
「ええ！」

「田吾作くんが・・・詫びを入れてきたわ。さっき・・・あなたと話したんですって？」
「ええ！なんか・・・分かってくれたみたいです。」

「土下座されちゃったわよ！」
「えっ！？」
「でね。改めて結婚しようって！」
「よかったですね！！」

「じゃ、式は？」
「そうね・・・。あなたたちが結婚するのを見届けたら、するわ。」

「ワタシたちが？」
「ええ！もちろんするんでしょ？結婚式！」
「ん～・・・なんか・・・全然そんなの考えてなくって・・・。左京はしたいみたいなんですけど・・・。」

「ちゃんとしないとダメよ！ツアーの最中でもいいじゃない！ねっ！」
「ん～・・・左京に聞いてみますね。」

左京についていく、一生傍にいる、ということはそういうことだ。
橘花には実感が湧かなかったが、その時がきたら、どんな感情が湧くのだろう、それは、ライブの興奮とどちらが上だろう、そんなことを考えていた。

「みんな！！今日はありがとう！！」

ライブは終盤。
二度のアンコールに応え、左京を始め、メンバーが舞台から姿を消した。
それでも、まだ、アンコールの声が鳴り止むはずはない。
「橘花！」

「すごい汗！」
「ああ！でも、まだまだだ！」

二時間、フルで歌いきったが、不思議と疲れは感じていなかった。
橘花が見ていてくれる。それだけで、体力の限界を超えて、走り続けられる。
ここからが本番だ。
「橘花・・・キスして？」
「汗、拭かなくていいの？風邪引くよ？」
「汗臭くてイヤ？」

「ううん。」

「その、汗の匂いが好き！」
「そっか。」

「でも・・・そんなキスじゃ足んないな・・・。」
「アンコール、スゴイよ？」
「もっとちゃんとしてくれなきゃ、出ない。」

「ん・・・。」

「わがままなんだからぁ。」

「当たり前だろ？俺は佐土原左京だぜ？・・・な、もう一回・・・。」

「キリないんだから・・・も～・・・。」

「よしっ！」
「決めてきて！左京！！」

そして再び、アンコールの声が鳴り響く中、左京はステージに戻った。

「米沢！ライブは大成功だな！」
「あ、社長！来られてたんですね！」

「観客を沸かせることの出来るミュージシャンはたくさんいるが、左京はその最高峰だな！」
「ええ。ええ。最高のミュージシャンです！！」

「このところ、ますます磨きがかかってるように思うんだが・・・何かあったのか？」
「え・・・。」

アンコールは、シングルでリリースしたヒット曲のメドレー。

観客はますます熱狂し、左京と一緒に歌っている。

アドレナリンが身体中を駆け巡り、最高に気持ちのいい時間が続いていたが・・・

曲が途切れると、左京はギターを置いた。


「最後の曲の前に・・・お前らに言いたいことがある。」

アンプから流れる音がフェードアウトしていく。
それが左京の言葉と重なり合い、歓声も波が引くように小さくなっていく。

客席が、会場全体が息を飲んで左京を見つめている。
今まで・・・アンコールの途中でMCが入ることなどなかった。
左京の次の言葉を、ここにいる全員が待っていた。


「俺は・・・今夜限りで・・・ミュージシャンを引退する。」



「おい！どういうことだ！？米沢っ！？」
「ぼ・・・僕にも分かりませんっ！！アンコール、ラストの曲の前にMCなんて・・・そんな構成じゃなかった！！」

「・・・ったく・・・何を言い出すんだ！！」
「う・・・分かりません・・・。すぐに中止を・・・。」

ノリに乗っていた観客も、左京の言葉に、水を打ったように静まりかえった。
「左京のヤツ・・・一体何を言いだすんだ！？」
「ボクにも分からないよ。でも・・・。」

静まり返った会場に、左京の静かな声が響いた。

「俺には・・・結婚したい女がいる。」

その一言で、会場がどよめいた。
悲鳴を上げるファンもいた。
「驚いたか？そうだろう。今までスキャンダルらしいスキャンダルもなく、ここまでやってきたからな。」

「そんなこと認めない、って言うヤツも、中にはいるだろう。面白おかしく騒ぎ立てて、俺たちの生活に波風立てようとするヤツもいるだろうし、彼女に危害を加えようとする連中もいるかもしれない。」

「・・・けどな。俺はお前らに、俺と彼女の仲を認めて欲しい。もし認められなかったら・・・俺はお前らの前では、もう歌わないよ。」

「ライブはここで終わりだ。納得出来ないヤツは、帰ってくれ。チケットは倍額で払い戻す。けど・・・ここにいる全員が認めてくれれば・・・俺はこの先もずっと、お前らのために歌い続ける。選ぶのは・・・お前らだ。」

「・・・さぁ！決めてくれ！」

客席のどよめきは収まらなかった。

左京は観客たちに背を向け、背中でそのどよめきを聞いていた。

「・・・左京・・・。」

裁かれる瞬間を、橘花は息を潜めて待っていた。

「な・・・なんてことを・・・止めてこなきゃ・・・。」
「・・・いや、待て。米沢。」

「え・・・？」
「待て、と言ってるんだ。」

会場の声に耳を澄ましてみると、囁く声や、すすり泣き、静かな呻き声のようなものは聞こえてくるが、罵声や怒号は聞こえてこないのだ。

左京は、ただ、待った。

ここに居続けることが出来るのか、それとも、橘花の手を取って逃げ出さなければならないのか・・・審判の時を、ただ待つだけだった。






しまった・・・長い・・・。
ので、後編へ続く！！