「な。橘花。イーゼル、買ってやろうか?」
「なんで?」
「なんでって・・・ほら~・・・退屈じゃないかなって・・・。」
「別に?だってここに長居するわけじゃないし・・・。」
「じゃ、彫刻台は?」
「いらないってば。」
「買ってくれるんなら・・・服がいいな!」
「・・・また服か・・・。」
「だって、ここ、暑いんだもん。」
「ま、いっか!よし!買い物、行くぞ!」
「うん。」
と、二人がやってきたのは、街の中心街にある雑貨屋。
「こんなとこに服、売ってるの?」
「この街にブティックなんかないよ。なんでも売ってるから心配すんな!」
「ふーん。」
そして服を買い、ついでに生活雑貨をいろいろと買い込んだ。
「おっ!それ、似合うじゃないか!」
「パパ・・・いっつも文句つけるのに・・・。こういうのが好みだったわけ?」
「女の子らしくていいじゃないか!お前、いっつも地味な色合いとか、破れたジーンズとかそんなんばっかし選ぶんだもん。」
「それにしても・・・なんでこんなに生活用品買い込むの?」
「だって二人分だぜ?」
「ワタシ、そんなにここに長居する気ないってば。」
「左京がくるまではダメだってば!」
「明日来たら・・・どうするの?」
「・・・それはその時考える。」
「けど、ツアー中なんだし、そんなに早く来れるかっての!」
「分かんないよ?左京、時々突拍子もないことするんだから!」
「う・・・。」
「・・・とにかく・・・メシ食いに行こう!」
「うん。お腹すいた。」
街の西側のビーチに、海賊船を模したレストランが建てられている。
圭介は、橘花をそこに連れて行った。
「へぇー・・・。ここ、レストランなんだぁ。」
「ここさぁ。うまいロブスター、出すんだぜ!」
「へぇ。」
「海のもんはなんでもうまいからなぁ。」
圭介はここが気に入って、数日に一度は食事をしにきていたのだ。
「よしっ!じゃ、たくさん食べようっと!パパのおごりだし!」
「おう!そうしろよ。」
そして二人で海の幸を堪能し、レストランから出ると、そろそろ日が沈む刻限になっていた。
「あー。お腹いっぱい!」
「ちょっと夕涼みして帰るか。」
「うん!」
レストランの手前は、フリードリンクを楽しめるスペースになっていて、海からの風が心地よく吹き渡っている。
「ね、パパ。取材は?」
「うん!実はもう終わっててさ。」
「面白かったぜ!海賊が棲家にしてたんじゃないかって洞窟があってさ。そこの近くなんだよ。あのコテージ。」
「だからあんな辺鄙なトコに住んでるんだー。」
「いい街だよ。ここは。ツインブルックも面白かったけど、田舎町の方が性に合うなぁ。」
「だったらカスケード・ショアーズに帰ろうよ。取材、終わったんでしょ?」
「う・・・いや、もうちょっと・・・。原稿まとめたり・・・さ。」
「原稿書きなんか、どこでも出来るじゃない。」
「いや、ほら・・・インスピレーションってもんがあるだろ?現地じゃなきゃ湧かなかったり・・・。」
「カスケード・ショアーズに帰りたくないの?ワタシ、ママに左京のこと、報告したいなぁ。」
「それだよ。」
「ん?」
「まだ結婚するとも決まってないのにっ!」
「決まってるもん。」
「また!勝手に!!」
「・・・なーに?ここを離れたくない理由でもあるの?カノジョが出来たとか?」
「違うよっ!」
『お前と二人で・・・見知らぬこの土地でしばらくのんびり過ごしたい、なんて言ったら・・・。』
『・・・お前は笑うかな。』
『・・・頼むよ、左京・・・。まだ橘花を連れて行かないでくれ・・・。』
橘花に会って、つくづく思った。
今まで自分は、どうしてこの子をほったらかしにしていたのだろうか、と。
取材旅行で飛び回り、家を空けることも多く、なのに橘花は、真っ直ぐ育ってくれた。
それに安心して、ツイン・ブルックにも一人で行かせた。
まさか・・・こんなに早く、愛する人を見つけ、今度は本当に自分の手元から送り出さなければならなくなるとは、想像もしていなかったのだ。
「・・・帰ろう。冷えてきた。」
「うん。タクシー、捕まえてくるね。」
「今夜はなんだか冷え込むなぁ。」
「そう?気持ちいいじゃない。」
「・・・鼻水出てきちゃった。」
「早くお風呂入って寝たほうがいいよ。」
「うん。そうする。」
橘花と二人、こんな時間がずっと続けばいいのに、と思っていた。
「明日はさ、図書館行って原稿書いてくるから。お前、あんまうろうろするんじゃないよ。」
「うろうろする場所、知らないもん。」
「あ。今日行ったレストランの横に、ビーチがあったよね?」
「お前、この街はどこ行ってもビーチだらけだよ。」
「あそこで海でも眺めようっと。」
「ナンパされるなよっ!」
「ワタシなんかに声かける男の人なんていないよ。」
「お前・・・わかってないなー。」
「なにが?」
「・・・(そこがいいところなんだろうけど・・・。)」
「・・・じゃ、夕方までには帰ること!」
「門限?あそこの夕陽、キレイなのに・・・。」
「じゃなきゃ外出禁止だ!」
「うー・・・分かった。」
『パパったら・・・心配性なんだから・・・。』
橘花には、圭介がこれほど心配する理由が分からない。
だったら、ちょっとでも安心できるカスケード・ショアーズに戻ればいいのに、と思うのだ。
「さて・・っと。」
この場所は、圭介のお気に入りの一つである。
コテージのほど近くにある図書館。
静かなこの場所で、圭介は執筆するのを常としていた。
「んー・・・。もうちょっとだな・・・。」
但し、書いているのは取材記事ではない。
「この辺りは・・・事実をメインにした方がいいか・・・。」
ツイン・ブルックの・・・クレメンタインの物語。
あれから少しずつ構成を見直して、完成が近付いていた。
「もう一回・・・ツイン・ブルックに行きたいな・・・。もう一度あの街の空気を吸って、そしたら完璧になるんだが・・・。」
橘花の顔を久しぶりに見て、再び構想が広がった。
けれども、まだ足りない気がする。
もう一度、ツイン・ブルックで感じたことを思い出したい。
この話を書き上げることが、いつの間にか圭介のライフワークになっていた。
だから、売れる売れないは別にして、自分が納得いくまで書き込んで、そして世に送り出したかった。
そして数日・・・
「・・・やっと着いた・・・。」
「えっと・・・まずは電話だな・・・。」
左京がバーナクル・ベイにやってきた。
橘花に家の場所は聞いていたが、どうもよく分からない。
だから、街の中心地でタクシーを降りたのだった。
「・・・。」
「・・・。」
「くっそ!!なんで出ねぇんだよっ!!」
「あいつ・・・俺からの電話・・・着拒してないか?」
その頃、橘花は・・・
「くー・・・。」
ビーチで暢気に寝ていた。
「くっそーっ!時間ないってのにっ!!」
「GPS付き携帯、持たせるぞっ!!」
あてどもなく探すのは無駄だ、と分かっている。
時間もない。
それは分かっているが・・・
「海だーーーっ!!」
ここまで来たからには、どうしても海が見たかった。
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