クレメンタイン記念館の、落成式典が行われるその日、ツイン・ブルックは快晴だった。
「天気が良くってよかったな!」
「うん!」
圭介と橘花は、早朝にカスケード・ショアーズを発ち、昼前にはツイン・ブルックに到着した。
今日から一般公開、ということで、式典の出席者だけでなく、既にかなりの人で賑わっている。
「エリックのやつにしては、なかなかいい建物じゃないか!」
「ね、早く中に入ろうよ。中、見てみたい。」
「そうだな!」
「ふふ。でも、ホント立派な建物!」
「ああ。場所もいいな。」
街の中心からほんの少し離れた、学校の目の前。 繁華街ではないが、隣りにはバーがあり、集客を見込める場所だ。
「あ!エリック、いるよ?」
「ホントだ。からかってやろう!」
記念館の入り口で、エリックが待ち構えていた。
ここは、橘花の進言で建てた記念館。いわば、今日の主役は橘花なのだ。
「よっ!エリック。久しぶりだなぁ。肥えたか?」
「圭介さん!ようこそ!!」
「なんだ?お前。その格好。」
「今日は落成記念式典ですから!」
「帽子、やめろって。帽子。」
「・・・トレードマークなんですよ・・・。」
「しかし・・・圭介さん、本当に久し振りです。」
「20年に比べたらたいしたことないだろ?」
「確かに!」
「エリック!」
「橘花ちゃん・・・。また一段とキレイになって・・・。私の嫁に・・・。」
「残念!売約済みなの。」
「・・・そうだったね・・・。」
「招待状、ありがとう。」
「招待状なんて!本来なら、君がホストなんだよ?」
「ワタシ?だって、建てたのは事業団でしょ?」
「だから・・・君は、本来なら事業団のトップにいるべき人物なんだから!」
「そんなのイヤよ。」
「今日は、ゲストとして楽しみに来たの!」
「そうだな!橘花。時間もないし、見て回ろう!」
「時間?」
「日帰りの予定だから。」
「ゆっくりしていくんじゃないのかい?」
「うん。ゆっくりするのは今度ね!」
「残念だなぁ・・・。」
何日か滞在しても構わないのだったが、ここを見て、そして原稿を早く仕上げたい、と圭介が言ったのだ。
だから、式典に出席したら、すぐにカスケード・ショアーズに戻るつもりだった。
「お前、一人でゆっくりしてってもいいんだぞ?」
「ううん。パパと一緒に帰るよ。」
「みんなと会わなくていいのか?」
「ギルに電話したから。ここに来るよ。」
「そっか。」
「しかし、ここ・・・。」
「うん・・・。」
圭介も橘花も、二人とも、同じ思いだった。
白い壁に眩いライトがあたり、そこに並んだクリスの絵・・・。
あの地下室を再現したような内装だった。
「・・・。」
絵が飾られた室内の内側には、ガラスで仕切られた通路があり、
そこを通って、建物の中核に進むと、
「・・・チャールズ。」
そこは、クレメンタイン家の墓標になっていた。
「チャールズ。これで・・・いい?」
チャールズとクララ、そして地下室に置かれていた粗末な石の下から掘り出した、クリスのものと思われる小さな骨壷をここに移し、安置してあった。
「チャールズ。ここなら安心して眠れるでしょ?」
「・・・クリス・・・。」
「ねぇ、クリス。ワタシ・・・素敵な人に愛されてるのよ。あなたみたいに情熱的で、真っ直ぐな人なの。
ワタシは、彼の愛に全力で応えるわ。悲しい結末なんか・・・あなたは望んでないでしょ?」
墓標に、クリスの笑顔が浮かんだような気がした。
誰よりも幸せを望んだクリスの為にも・・・自分は精一杯手を伸ばして幸せを掴み取ろうと、改めて誓った。
ここで・・・永遠に、多くの人々に見守られながら、眠って欲しいと、そう願っていた。
「・・・しかし、改めて見ると・・・。」
「・・・やっぱりすごいな・・・。」
圭介は、クリスの絵に圧倒されていた。
クリスが生きていた時代には認められなかったが、今なら、その才能は間違いなく世間に認められる。
死後、才能が認められるというのは、芸術家にはよくあることだったが、これで、クリストファー・クレメンタインの名前は、世界中に広まるだろう・・・と圭介は思っていた。
「橘花!」
背後から名前を呼ばれて、橘花は心が浮き立った。
振り向かなくても分かる。
懐かしい声だ。
「ギル!」
「久し振りだなぁ。おい。元気か?」
「うん!」
「お前、なんかキレイになったなぁ。」
「別になってないよ!」
「知ってるか?」
「ん?」
「女は、オーガズムを知ると、キレイになるんだぜ?」
「おー・・・。」
「そんなの知らないよっ!」
「知らないのか?」
「左京はイカせてくんないのか?」
「・・・よくわかんない・・・。」
「あ~・・・ダメだなぁ。アイツ。自分ばっかり楽しんでやがるな?
左京は?ちょっと説教してやる。」
「左京はね、今日はライブがあるから来れないの。・・・ね、ロッタは?」
「ロッタなぁ・・・なんか今頃になってつわりがひどくってさ。もう安定期に入ってるはずなんだけどなぁ。」
「大丈夫なの?」
「ちょっと出歩いた方がいいって言ったんだけど、歩くのも億劫そうだったから、寝かせてきた。」
「ん~・・・残念。会いたかったなぁ。」
「あいつも、お前に会いたいって言ってた。」
「泊まって行かないのか?」
「今日はね、これが終わったら帰るの。泊まるんなら、左京も一緒の時の方がいいし。」
「そっかぁ。」
「そうだな。また二人でゆっくり来いよ。」
「うん。」
以前と変わらない、ギルの優しい笑顔を見て安心した。
ロッタに会えなかったのは残念だったが、それでもギルの顔を見れば、二人はうまくやっている、というのが分かった。
「へぇ。ここ・・・。」
一面に絵が飾られた一階のフロアの上は、打って変わって静かな場所だった。
「二階は図書館か?」
ここに、ツイン・ブルックの歴史を始めとする文献を置き、チャールズ・クレメンタインの功績を知らしめよう、としているのだろう。
「僕の本も・・・書きあがったら置いてもらえるかな?」
ほんの短い時間の滞在だったが、圭介の中で、物語が完結した。
あとはそれを、文章に起こすだけだ。
早く書きたい・・・。
こんなにうずうずとするのは、初めてだった。
「橘花!」
「あ。」
「おお!ダニエルくん。君も来たのかい?」
「あ。おじさん。」
「誰がおじさんだ・・・。・・・ったく。」
「ね、ギルと一緒に来たの?」
「うん。今日、休みだし、お前に会えると思ってさ。」
「元気でやってる?まだクレメンタインハウスにいるの?」
「うん。俺・・・せっかくお前に遺産分けてもらったけどさ・・・俺が住んでた家、もう人手に渡ってるし・・・。」
「買い戻さないの?」
「う~ん・・・。お前には悪いんだけどさぁ・・・。なんか・・・そういうんじゃないような気がして・・・。」
「うん。」
「なんか、今ならさぁ・・・あの時お前が、遺産なんかいらない、って言った意味が分かるような気がして・・・。」
「ふふっ。」
「でしょ?」
「うん・・・。」
「ワタシには、大事なものが他にあるし、降って湧いたような遺産なんかね、いらないの。
・・・最初っからお金持ちの家に生まれてたら、考えも違ったかもしれないけど。」
「そうかぁ・・・。」
「やっぱさぁ・・・。」
「なに?」
「お前、いい女だよなっ!」
「なぁに?それ?」
『いや・・・ホントにいい女だよ。橘花・・・。』
左京になんか渡したくない、と思っていた。
今もそう思う。
同じ男として、橘花の愛を得た左京は、どれほど幸せな気分なのだろうか、と思う。
ダニエルも・・・
そして宗太も、まだ橘花を思い続けているのだ。
「あ。電話だ。」
「じゃ、後で。」
「うん。」
「もしもし。・・・あ。左京?」
「ライブは?今から?・・・うん!ギルに会ったよ~。ダニエルにも!」
「今日中にカスケード・ショアーズに帰るから!すごいの!写真撮って帰るね!」
「・・・うん。うん。・・・早く会いたい・・・。」
ライブ前のほんのわずかな隙を縫って、左京が電話をくれた。
それが、なんだか嬉しい。
そして、いつにも増して、左京の顔が見たくて仕方がなかった。
「早く・・・帰りたいな・・・。」
カスケード・ショアーズに・・・ではなく、左京の腕の中に帰りたい、と思っていた。
自分が帰る場所は、もうどこでもない。
左京の笑顔がある、その場所こそが、帰るところになっていた。
「橘花さん!」
「宗太くん!」
「元気そう!仕事は?ちゃんとやってる?」
「もちろん!」
「お父さんは?」
「今日は来られないの。会いたかった?」
「お父さん・・・電話一本寄こさないんだもの。」
「あ。ワタシ、言っとくね。たまには宗太くんに連絡入れるようにって。」
「忙しいのは分かってるから、別にいいんだけどさ。」
「それより・・・泊まっていけないの?」
「うん。残念だけど、今日は帰るわ。」
「そうかぁ・・・。」
式典が始まる時間が迫り、エリックが橘花を呼びに来た。
「橘花ちゃん。そろそろ時間だ!」
「うん。行くわ。」
「本当なら、君に一言貰いたかったんだけどなぁ。」
「だからそんなのイヤだってば!」
「仕方ないなぁ・・・。おかげで私が演説するはめになったよ。」
「いいじゃない!・・・あ、でもスピーチは短めにね!」
そんな話をしながら、エリックと橘花が行ってしまったあと、宗太はその後ろ姿をじっと見つめていた。
それは、ダニエルも同じだった。
「ダニエルさん・・・。」
「ん?」
「ボクさ・・・しばらく会わなかったら、橘花さんへの気持ち、薄れるかもしれない、って思ってたんだ。」
「うん。」
「でも・・・今日、会って、思った。」
「なに?」
「なんか・・・前より好きかも・・・。」
「お前、そりゃあ、俺も同じだよ。」
「だってあいつ・・・すっごくキレイになってないか?」
「うん。キレイだった・・・。ボクたち・・・このまま変わらないのかなぁ。」
「そうかもしんないなぁ。」
「参っちゃうな・・・。」
「・・・俺ら、不憫だよなぁ・・・。」
いつまで橘花のことを思い続けるのだろう。
思っても思っても叶わないことだと分かっているのに、けれど、だからこそ強くなる想い。
それがすぐに終わるものなのか、一生続くものなのか、誰にも分からなかった。
「やっぱ、式典なんて、退屈なだけだったなぁ。」
「招待状もらったから来たけど・・・普通の日に来ればよかったね。」
式典に出席し、酒席を断って、圭介と橘花はカスケード・ショアーズへの帰路を辿っていた。
「でもさ!これで本が完成する!」
「帰ったらすぐ、最終章、書くんでしょ?」
「そ!だからしばらく、左京と遊んでやれなくなるなぁ。」
「・・・左京は遊んでもらってるって思ってないよ?」
「えっ!?あんなに一生懸命遊んでやってるのに!?」
「からかってるだけじゃない!」
「それに、もうすぐツアー、終わるし。」
「そしたら・・・結婚かぁ・・・。」
「・・・聞こうと思ってたんだけどさ。」
「なぁに?」
「式、どうすんの?」
「式?」
「しないの?」
「別に考えてないよ。左京もなんにも言わないし。」
「きっとね。ツアーが終わったらすぐに来て、で、すぐに役所行こうって言うわ!」
「・・・そんな男だな・・・アイツは・・・。」
そして時間は流れ・・・
左京のライブツアーの、全日程が滞りなく終了した。
ブログの不調で、一時はどうなることかと思いました!
途中まで書いてたのが消えたらどうしよう・・・とか思ってたけど、
レイアウトが崩れてただけで、無事でした(^-^;)
さ。
大詰めでございますよ~!!
ユズさん.:+:.::.:+:(,, ・∀・)ノ゛コンニチハー.:+:
返信削除とってもステキな建築でした。。。
地下の再現かぁ~すごいです。
橘花ちゃんがお墓に話しかけてるときなぜか解らないけど
鳥肌がサーーって立ちました。
神秘的な何とも言えない風が流れていきました。
それはやっぱりユズさんの表現力ですよね。
パパはやっと最終章を書けるのですねっ!
そして遊んでもらえないw左京は大喜びw
式・・しない?!
いやいやいや、きっと素晴らしい事を考えてくれているっ!
左京はきっとそうなんだっ☆
ロマンチックなところもあるし・・ねっ!
っと、キッパリハッキリのお返しで言ってみましたwww
楽しみにしていまぁす☆
ぽよ~んさん、こんばんは!!
返信削除やっと記念館が完成しましたよ~(^o^)
地下室の再現なので、真っ白な建物にしたかったのですよ~。
これであとはパパが原稿を完成させれば、クレメンタインの物語は完結です!
・・・ま、次回にはもう完成しちゃうんですけどね(^_^;)ゝ
もう、話しが予定話数を大幅に超えちゃってるので、あと二回か三回で終わりです!!
式?うふふふ~左京は考えてないですよ!!
橘花ももちろん考えてないけど~。
・・・ということは・・・誰が考えてるんでしょうねぇ~www
えへへっ☆お分かりですね?
感動的・・・かなぁ。
笑っちゃうかな?泣いちゃうかな?
楽しみにしててくださいね~(*^-^)/~~~