その朝も、いつもの教室のいつもの風景。
だが、橘花が教室に入った瞬間、その空気が少し動いた。
席に着くまでのわずかな時間、教室の中に、少しざわめきが起こった。
橘花が教室に入るまで、大きな声で笑いあいながら喋っていたクラスメイトたちが、橘花の姿を見た瞬間、小声になり、ひそひそと周囲に聞こえない程度の声で会話し始めた。
『んー・・・視線が痛いわ・・・。』
すぐにチャイムが鳴り、それぞれが自分の席についていったが、誰もが自分になにか言いたげな様子である。
転校初日よりも、今度はまた違った意味で、自分に注目が集まっていることを、橘花はその妙な空気で察していた。
『・・・ま、しょうがないか・・・。』
昨日までの自分とは、容姿がまるきり違っていることは、自分自身で分かっている。
けれど、転校してきてから今日まで、親しく話をした人物などクラスにはまだいなかったし、なにか言いたげではあっても、直接言われることはないだろう、と思っていたのだ。
だが、授業が終わると、例の三人組が橘花に近付いてきたのだ。
「よぉ!転校生!」
「なに?」
「お前・・・。」
昨日、橘花にペンキを浴びせたのは、アイカとショウコだったが、その二人なんかよりも、今、目の前に立ったコイツの方がタチが悪いのだろう、ということは気づいていた。
「佐土原んちに住んでんだって?」
「それがどうかしたの?」
「捨て子か?お前。」
「別に捨てられてはないよ?それがどうかしたの?」
おそらく・・・コイツが左京から金を奪ったというヤツだろうということも、橘花にはなんとなく分かっていた。
「佐土原さーアイツ、気持ち悪いだろ!」
「は?」
「なにそれ?別に気持ち悪くないよ?」
左京がすぐ目の前にいるというのに、コイツはそんなことを言い出した。
「そうかぁ?暗いしさー・・・。」
左京にはもちろん、その会話が耳に入っている。
ジェイクが橘花に何を言おうとしているのか・・・ジェイクが側にいるだけで、心臓の鼓動が早くなるというのに、それを思うと、本を持つ手が震えだした。
「コイツさー、こーんなチビのくせに、毛深いんだぜ!上も下も!もじゃもじゃだぜ!!」
「それがどうかしたの?」
「おまけに、俺たちの目の前で、嬉しそうにオナニーすんだぜ!」
「そうそう!素っ裸でよ!!大股広げてシコシコやりやがってよ!!気持ち悪いったらねぇぜ!!」
「家でもやってんじゃねぇか~?お前に見せびらかしながらよ!!」
「え・・・。」
「そんなに見てもらうのが好きなら、学校でやらせてやる、って言ったんだよ!なぁ!佐土原!」
「佐土原!シカトしてねぇで、こっち来いよ!みんなにお前のオナニーするとこ見せてやろうぜ!!」
「あんたたち・・・。」
なるほど、左京があまり学校が好きじゃなさそうな感じがするのも、休み時間になるとふ、っと姿を消す理由も、なんとなく理解できた。
「ひゃはははっ!こんなヤツと一緒に住んでるなんて、お前、気の毒だな!!」
「・・・。」
「ちょ・・・なにそれ!!」
左京はその場に居たたまれなくなり、思わず立ち上がっていた。
「・・・。」
橘花が転校して来てから、左京に対する三人組の攻撃は、鳴りを潜めていた。
だが、まだ終わったわけではなかったのだ。
あの時の・・・薄ら笑いをしながら蔑んだ眼で自分を見下ろす三人の威圧感を思い出し、あの時の屈辱が甦ってきた。
「・・・う・・・・。」
誰にも・・・ましてや、橘花には知られたくなかったことを大声で暴露され、涙が溢れてきた。
「あ!泣いちゃったよ!コイツ!!」
悔しさと、恥ずかしさと、恐怖と・・・いろいろな感情が左京の中で綯交ぜになり、左京は思わず、その場から逃げ出していた。
「あ・・・。」
「左京くん!!」
「おおっと!どこ行くんだよ!!」
「どいてよ!!」
「あんなヤツ、追っかけなくたっていいだろ?」
橘花は、左京のあとを追おうとしたが、ジェイクにそれを阻まれた。
「左京くん・・・。」
左京はきっと、こいつ等に、手酷く苛められていたのだろう。
それを思うと、胸が痛かった。
「あんたたち・・・そうやっていっつも、左京くんのこと苛めてたわけか・・・。」
「イジメ?そんなんじゃないぜ?」
「じゃ、なんなのよ!お金巻き上げて、殴ったり裸にしたりするのがイジメじゃないっての!?」
「金?なんだ!あんなのたいした金じゃねぇよ。1日で使い切っちまった。」
「それによ!せっかく可愛がっていい気持ちにさせてやろうと思ったのによ。あんな毛深いんじゃ、突っ込む気も失せたぜ!」
「え・・・。」
「ま、オナニーして気持ちよーくなっただろうけどな!」
「アタシも見たいなぁ~。アイツがオナニーするとこ!!」
「絶対させてやるぜ!公開オナニー!」
そう言って、彼等は大笑いした。
自分が憧れていた学校生活が、こんな場だったとは・・・橘花は自分の耳を疑った。
信じられない思いでいっぱいだった。
『それって・・・レイプしようとしたってことじゃない・・・。サイテー・・・。』
だが、もっと信じられないことを、コイツは言い出した。
「なぁ、お前・・・結構見た目、いいじゃねぇか。」
「え?」
「俺のオンナになれよ!不自由させねぇぜ?」
「・・・は?」
「なに言ってんのよ!ありえないっ!!」
「はぁ?あんな気持ち悪いヤツとつるんでないで、俺と一緒にいれば、いい思いさせてやるぜぇ?」
「バッカじゃないの!?」
「あんたの方がよっぽど気持ち悪いわ!!『俺のオンナになれ』なんて、どこのチンピラ親父よっ!!不自由させない、なんてどの面下げて言えるのよっ!?」
「なん・・・だと・・・?」
「もういっぺん言ってみろ!このアマ!!」
「何度だって言ってやるわよっ!!あ~っ!気持ち悪いっ!!チンピラ親父!!腐れチンポっ!!」
「くっそ・・・この野郎!!」
「あんたなんかとつるんだら、こっちの人格まで疑われるわっ!!」
「それにワタシ、自意識過剰なヤツって大っ嫌い!人の見かけで態度変えるヤツも大ーーーっ嫌いなのっ!!昨日までのワタシだったら、声なんかかけなかったくせにっ!!」
「くぅ~・・・っ・・・。」
頭に血が上り、ジェイクの顔が真っ赤に染まっていった。
「言わせておけば!!いい気になりやがってこのアマ!!!」
「言ってみろって言ったのそっちじゃない!!」
「この・・・野郎っっ!!」
周りにいた誰もが、橘花が殴られる、と思った。
その瞬間だった。
パン!!
「はっ!!」
「やぁーーっ!!」
「ふんっ!」
「あ・・・。」
「しまった・・・。防衛本能働いて・・・つい、やっちゃった・・・。」
周りの人間には、橘花がひらっと舞って、次の瞬間には、ジェイクが教室の端まですっ飛んでいた・・・そんな風にしか見えなかった。
それは、本当に一瞬の出来事だったのだ。
「あーあ・・・でも・・・ワタシに手ぇ出そうとするほうが悪いんだからねっ!」
「う・・・いて・・・。」
何が起こったのか、ジェイク自身にも分からなかった。
橘花に掴みかかり、殴ろうとした。
けれど自分の手が届く前に、橘花に振り払われ、がつん、という衝撃を受け、床に転がされていた・・・そんな感じだった。
「あ!そうだ!左京くん!!」
「そこ邪魔っ!!どいてっ!!」
橘花は転がっているジェイクの上を、ひらり、と飛び越え、教室を飛び出して行った。
「左京くーん!」
呆気にとられていた面々が我に返り、教室がざわめき出したのは、橘花が飛び出して行って、しばらく経ってからだった。
「お・・・おい、ジェイク・・・大丈夫か・・・?」
「ちくしょ・・・あの女・・・。」
「ま・・・まぁ、ちっと油断しちまったな!俺が本気出せば、あんなヤツ・・・。」
「そ・・・そうだよな・・・。ジェイクがあんなチビの女にやられるわけないし・・・。」
「・・・ん?」
「メグ、どうしたんだ?あいつら、また悪だくみか?」
「あ!カズ!どこ行ってたのよ~っ!」
「便所だけど・・・。なーんか穏やかじゃないなぁ。」
「違うの、違うの!」
「なに?」
「あのね・・・。」
メグは小声になって、和希に今の出来事を話し始めた。
「あの転校生・・・。」
「ん・・・?転校生がどうかしたのか?」
「剛田たちがあの子に絡み出して!そんで、佐土原くんにも絡み出してさぁ。」
「またか!・・・で?」
「でね、佐土原くんは逃げ出しちゃったんだよね~。」
「うん。」
「そしたら剛田のヤツ、あの子に、『俺のオンナになれ!』とか言い出して!」
「は?どの面下げて、俺のオンナになれ、なんて言うわけ!?あいつ!!」
「あの子もそう言い返したの!!」
「言い返したのか!!すげーな!あの子!!」
「言い返しただけじゃないんだってば!」
「なんだ?」
「あのね・・・。」
「剛田がね、怒っちゃって、掴みかかろうとしたわけ!それをひら、っとかわしてさー・・・。」
「ふんふん。」
「がつっ!・・・って一撃!!」
「えっ!?」
「一瞬だったし、動きが早くって全然なにが起こったか分かんなかったんだけど、剛田が教室の端まで吹っ飛ばされちゃったんだよ!!」
「なんだって!そりゃ傑作だ!!」
「でしょ?」
「悪いけどさ~・・・ザマミロ!・・・って思っちゃったよ!」
「くぅ~っ!見たかったなぁ!!なんでのんきに便所なんか行っちまったんだろ!」
「で?転校生は?」
「あ~・・・佐土原くんのこと追っかけて、出て行っちゃったんだよね~。」
「ちぇ!残念だなぁ!話、聞きたいのに!ただ者じゃないとは思ってたんだよなぁ。」
「どうゆうこと?」
「あの足!あれは絶対鍛えてる足なんだよ!!」
「キレイな足だと思ったけど?」
和希は実のところ、橘花に話しかけたくて仕方なかったのだ。
パッと見、普通の体つきだったが、動きに無駄がない。
自分自身も身体を鍛えるのが好きなので、橘花の足捌きには、ただならぬものを感じていたのだ。
教室を飛び出した左京を追い、橘花は校内を探し回った。
「左京くん、どこ行ったんだろ・・・。」
「音楽室・・・。」
「・・・には、いないよね・・・。」
「ここは・・・?」
「あ、ここが図書室かぁ!広いなぁ。」
「でも・・・いないな・・・。」
次の授業の開始を告げるチャイムが鳴っていたが、橘花は構わず、左京を探し続けていた。
「ここにもいない・・・。」
あんなことを言われれば、誰だって逃げ出したくなる。
何がきっかけで、左京はあいつ等に目をつけられることになってしまったのか分からなかったが、奴らにカツアゲされ、その後も左京が金を渡し続けていたわけではないのだろう。
左京は、警察官の息子だ。
きっと、左京は奴らにカツアゲされ続けることを是とせず、拒否したのだろう。
だから身体的なイジメに発展した。
でなければ、奴らの言うように、裸にしただの、レイプしようとしただのという理由がない。
「左京くん・・・。」
左京は、本当に戦っていたのだ。
誰にも打ち明けず、一人でその苦しみと痛みを抱え、『学校』という閉鎖された小さな社会の中で、戦っていたのだ。
「家に・・・帰っちゃったのかもしれないな・・・。」
自分が佐土原家に引き取られ、恩恵を受ける代償として出来ること・・・。
もしかすると、左京の悲しい魂を救うことが、自分に課せられた代償なのかもしれない。
橘花が左京に最初に出会ったときから感じていたもの・・・
それが今、漠然と分かってきた。
「・・・待ってて・・・。」
今、左京の側にいなければ・・・自分がいなければいけない、と橘花は強く思っていた。
こんにちわ~~♪
返信削除お久しぶりです!
今回のストーリーは、左京があまりにも可哀相で、泣けて来ました…(TT)
特に左京が閉じ込められた時や、裸にされた時など、あんまりだ…
しかし…いじめってどこの世界にもあって、無くなる事はないですね。
左京のように、逃げたくなったりする気持は痛いほど分かります。
昔、姪っ子のお友達の女の子がいじめにあっていました。
その子は近所に住んでて、小さい頃から姪の所に遊びに来てたんですよね。
だから私はその子も姪っ子と同様、可愛いがっていました。
その子がいじめにあったのは高校生の時でした。確か2年ぐらいだったなか…?
私はその頃、もう東京に出て来ていて、その時は夏休みで田舎に帰ってたんです。
その時でした、たまたま姪の所へ遊びに来ていたその子に、実はいじめにあってると告白されました。
私に泣きながら、「まこ姉ちゃん、私、いじめにあってるんだ~」と。
姪っ子とはクラスが違うから、姪も助けられなかったらしいです。
それにいじめと言っても殴るとかそんなんじゃなくて、
ただ口を聞かないとか、お昼を一人ぼっちにさせるとか。
後は体育の時に、二人ペアで何かをやる時にも、ペアになってくれる人がいないとか。
そんな事だったようです。でもかなり陰険ですよね。
鼻を真っ赤にして辛い…と言っていたのを思い出します。
私はその時、どうしてやったらいいか分からず、ただただ、慰めたのを覚えています。
いじめを学校や、そのお友達に言えば、かえっていじめがヒドクなるとも聞きました。
だから卒業するまで我慢すると。
それに家に帰れば私の姪っ子とも遊べるからいいんだ…と淋しそうに言ってました。
幸い、その子はひねくれる事もなく大人になりました。
たまに私が田舎に帰るとビールを持って遊びにきたりします。
「まこお姉ちゃ~ん!飲もう!」って言いながらすぐに飛んで来ますよ(笑)
姪っ子も今は札幌に就職していますが、その姪がいなくても来るんですよ。
ほんとうになつっこい、可愛い子です。
だけど今でもその時の事を思い出すと腹が立ちます。
いじめはやった方はすぐに忘れるかも知れないけれど、やられた方は忘れられませんよね。
一生残る傷だと思います。
さて、この物語の左京も病んでいますよね。
どんどん心が閉ざされていくような気がします。
だけどだけどそんな中、橘花が現れてくれた!
今回の橘花にはスカっとしました!もう一発ぐらい殴ってもいいぞ!
やれ!やっちまえ!けりをいれろ~~!!!!
と、心の中で叫んでおりました(笑)
橘花が現れた事で、左京の今後がどう変化して行くのか…
その変が見ものだと思いました。
続きが楽しみです!
さて、本当にご無沙汰してしまってごめんなさい。
何かとバタバタしておりましたが、それも今年いっぱいでようやく落ち着くようです。
たぶん、3月までは少しは楽になると思います♪
なのでまたちょくちょくお邪魔しますね!!!
って言うか、長いコメントですんません…(TT)
まことんさん、こんばんはー!!
返信削除かなり暗い話なんですよね~今回。
イジメって、昔っからありますけど、なくならないものですね。
ワタシが子供の頃もありました。
けど、昔は、先生にがつん、って怒られて、『ゴメンなさーい』って感じで終わることが多かったような・・・。
体罰も、今じゃ大騒ぎされますけど、宿題忘れて先生に殴られるとか、廊下に立たされるとか、日常茶飯事だったのに。
子供なんか、喧嘩したって、嫌がらせされたって、またいつの間にか仲良く遊んでたりしたのになぁ。
ワタシも小学生のときはイジメ・・・ではないけれど、無視されたりしてましたねー。
すっごくイヤだったけど、引越しで転校して、それからは楽しい学校生活を送りましたけど♪
いじめられた記憶って、いつまでも残ってますね。
左京は、家では親とうまくいかず、学校でもイジメにあって、ギリギリのところでした。
ひねくれてるわけではないけど、かなり病んでる状態でしたね。
大人に言っても、なにも解決しないから・・・って一人で抱え込んでたんですが・・・そこに橘花が現れたんですよ~。
どうもこの二人見てると、いちゃいちゃさせたくなってしまうんですが、今回、あえてティーンにしてるのは、恋愛とかじゃなくって、もっと深い絆で結ばれるようにって・・・いや、いつもと同じですね(^_^;)ゝ
これ、本当は橘花サイドの話もやったらいいのかもしれないけど、こっちも案外壮絶な環境で育ってる設定なので、作るのが大変そうですww
左京の心境も、環境も、だんだん変化していきます。
・・・あ。↑の「その変が・・・」って「その辺が」ってことか!
今気付きました!!
「その変化」?「その変態」?・・・とか悩んでましたww
ワタシんとこは、今から12月末までは少~し楽になって、年明けてから3月の繁忙期までは死ぬ気で突っ走らなきゃいけなくなるかも(-"-;)
年末年始の休みのときに、SSを取り溜めておかなくっちゃ!
長いコメントでも構いませんよ~(^-^)
好きなだけ書いてください!!