「ふぅーん・・・。アーネスト・エヴァンスってのは・・・たいした人物だな。」
「エリック、ちょっとこれ、借りていい?」
「いいけど・・・。」
「読み終わったらちゃんと返すよ。」
アーネストの日記には、ツイン・ブルックの街のこと、家族のこと、そして、クリスとシンディーの子供の捜索を続けていたこと、そんなことが、ほぼ毎日のように綴られていた。
「なるほど・・・エリックはアーネストの呪縛から逃れたいわけだな。」
チャールズが望んだ遺言を果たす為に、アーネストは、自分の子孫に大きな課題を残していた。
それは、アーネスト自身が、クリスを救えなかったという呵責の念に囚われていたせいだろうか。
「ラクに生きたいってのは、人間の性だ。辛いことや苦しいこと、悲しいことがあっても、それを絶対に乗り越えようとするもんな。」
「ぱーぱー。」
「でも、アーネストは、自ら困難を選んだ。いや、困難・・・じゃないな。何も考えずに暮らせば、とてつもなく幸せだったろうに、クリスのことがあったから、死ぬまで自分を許せなかったのかもしれないな。」
「そうか・・・。なんとなく分かってきたぞ。エリックは終わらせたいんだな。解放されたいんだ。アーネストの遺言から。」
「あー?」
「橘花ちゃ~ん。ミルク上げるから、私と結婚しないかい?」
「む~。」
圭介には、エリックの気持ちがなんとなく理解できた。
しかし、妻の忘れ形見であり、自分のたった一人の子である橘花を、手放すことは出来ない。
「橘花。お前はとんでもない運命を背負って生まれてきたのかもしれないぞ?」
「ぱぱー。」
「ほりゃ。ここまでおいで~。」
「きゃ~!」
「圭介さん、あの・・・私はそろそろ学校が始まるので、ツイン・ブルックに戻らなければならないんですが、その子・・・。」
「ストップ!お前がなんと言おうと、この子は手放せないよ。」
「けどな、あのアーネストの遺言を読んで、お前が何を思ったのかは想像がついた。」
「あ・・・。」
「結婚したいってのもあながち冗談じゃないってこともな。橘花を手元に置いておけば、クレメンタインの血筋を引く者を探す必要がなくなる。もし、橘花がクリスの才能を受け継いでいなかったとしても、橘花の子供・孫・・・その才能を持つ者の誕生を待てばいいわけだ。」
「その通りですよ。」
「例えばお前と橘花に子供が出来たとして、その子供は自分自身がクリスの才能を受け継いでいるか、見極めればいいだけ、ってことだ。」
「そこまで分かってくれたんなら・・・。」
「でも、僕は認めない。」
「え・・・。」
「それは邪道だよ。」
「なぜです!?」
「いいか?橘花だって感情のある一人の人間だ。お前がヒギンズ教授を気取っても、橘花がお前を愛さなかったらどうする?」
「それは・・・。」
「そうなったら、本当にすべてを失うぞ?」
「・・・。」
エリックとて、それを考えなかったわけではない。
けれど、自分の祖父や父が家庭をも顧みず、クレメンタインの血筋を引く人間を探すことに必死になっていた姿を思い起こすと、自分の後継にはそんな苦労をさせたくない、自分の代で終わらせたい、という思いが強かったのだ。
「・・・でも、まぁ、ツイン・ブルックからわざわざここまでカレンを探しに来て、やっと橘花を見つけたお前に免じて、一つだけ約束してやるよ。」
「えっ・・・なんです?」
「もしも将来、こいつが大きくなって、自分の意思でツイン・ブルックに行く・・・なーんてことがあったら、お前に連絡してやるよ。」
「本当ですか!?」
「ああ。そんな日が来たら、それこそ『運命』ってヤツじゃないか。」
「圭介さん!ありがとうございます!!」
「ま、そうじゃなくてもたまには連絡しろよ。もしかしたら、違う展開があるかもしれないし。」
「はい!」
「ええ!必ず!!」
「橘花ちゃん!大きくなったら、ぜひツイン・ブルックにおいで!待ってるよ!!」
「きゃっきゃっ!」
こうして、ようやくエリックはツイン・ブルックに帰っていった。
「ふむ・・・確かに面白い話ではあるな・・・。」
圭介は、チャールズの遺言とアーネストの遺言を自分なりにまとめてみた。
「しかし・・・こりゃ、橘花が大人になるまで完結しないじゃないか。」
エリックは、クレメンタインの血筋を引く人物を探すことに夢中になっていて、そのことばかり話していたが、アーネストの遺言はそれだけではなかった。
「まぁ、僕も待つとするか。さて・・・橘花はどんな大人に成長することやら・・・。」
そして月日は流れ・・・
橘花は立派に成長した。
ヒギンズ教授をご存知ない方へ補足。
友人との賭けで、花売り娘を立派なレディに育て上げる、という『マイ・フェア・レディ』という映画(元はミュージカルの舞台)に出てくる言語学者の人です。
『プリティ・ウーマン』は『マイ・フェア・レディ』の現代風リメイク版。
主人公の女性を実験台にして社交界デビューをさせるのですが、その女性は、『自分は人間として扱われてない』と気付いてしまってヒギンズ教授の下を去ります。
でも、結局ヒギンズ教授は彼女を愛していて、ハッピーエンド、というお話し。
0 件のコメント:
コメントを投稿