「おねえちゃん・・・。」
「な・・・なにかな?」
「これは・・・なに?」
「わ・・・ワッフル?」
「キッチンに立たないでって言わなかったっけ?」
「・・・食べるものがなかったから・・・。」
「せめてサラダくらいにしといてくんないかな。」
部屋中が焦げ臭いと思ったら、アイが黒焦げの料理を作っていた。
アイは、料理センスが皆無である。
ついでに、片付けもヘタである。
なので、無闇にキッチンには立たないでくれ、とケイは以前から言っていたのだ。
「だってサラダだけじゃ・・・結婚したらカレに手料理食べさせてあげたいし・・・。」
「そのカレとやらはいつ会わせてくれんの?」
「だって、まだプロポーズしてくんないんだもん。」
アイがピアノの音に文句を言ったり、時に酔っ払って帰ってきて暴れたり、はたまた、こんな風に突然料理を作り出したりするのは、すべて恋人がなかなかプロポーズしてくれない腹いせだった。
「プロポーズしてくんなくったって、会わせてくれてもいいじゃん。」
「ヤダ。家族になるのとならないのとじゃ大違いなんだから。」
「そのうちしてくれるよ。タイミング、見計らってんじゃない?」
「タイミングって・・・もう5年もつきあってんのに・・・。」
「男の人だって、決心つけるのに勇気いるんじゃないの?一生のことなんだし。」
「だって、あたし、もうアラサーよ。アラサー。」
「じゃ、おねえちゃんからプロポーズしちゃえばいいじゃん。」
「・・・ケイ、それ食べるの・・・?」
「食べるに決まってんじゃん。もったいない。」
「それ・・・さっきハエがたかってたよ・・・。」
「ハエがたかるってことは食べられるってことじゃん。」
ケイは、自分自身は料理がうまいが、食べられるならなんでも食べる。
けれど、出来れば食べたくはない。
そのためにも、アイの恋人がさっさとプロポーズしてくれて、アイを落ち着かせてくれればいいのに、と事あるごとに思っているのだ。
「あのね、それでケイったらね。」
「・・・あーお腹空いた。オニオンリングください。」
「ん?なにか言ったかな?アイちゃん。」
「なんでもないよっ。」
「そう?・・・あー。もう少し塩味が欲しいな。」
これがアイの恋人のディーン。
軍人である。
夜が遅い仕事のアイと、朝が早い仕事のディーンは、なかなか時間が合わないのだったが、ほんの少しの合間を割いては、デートを重ねていた。
そうやって重ねて重ねて5年。
お互い、結婚するのに早い、ということはない。
なのにディーンがまったく結婚の話を持ち出さないので、アイは焦れている。
「ね、ディーン。」
「ん?アイちゃんも食べたい?」
「あたしは食べてきたから。そうじゃなくって・・・。」
ケイの言うとおり、こっちからプロポーズしてしまおうか、とも思った。
けれど、もしディーンにその気がなかったら・・・。
なにか結婚の支障になるものでもあるのだろうか、とあれこれ勘繰ってしまう。
「アイちゃん。」
「な・・・なぁに?」
ケイに言われた一言のせいで、プロポーズしようかそれはアリなのかやっぱり待とうかどうしようかと、ぐるぐる考えていた。
考えている時にふいに話しかけられたので、アイはちょっと挙動不審になっていた。
「あのね。」
「う・・・うん。」
ディーンがいつになく真剣な顔をしている。
これは・・・と胸が高鳴ったが・・・
「トイレ行ってくる。漏れそう。」
「・・・やっぱり・・・。」
いつもこうだ。
いつもこうやってはぐらかされる。
ディーンは、アイが挙動不審だろうがなんだろうがお構いなしに、常にマイペースなのだ。
「なんなの・・・あの男・・・。」
アイにはディーンの真意が読めない。
でもこの人しかいない、と決めている。
「くっそ・・・飲んでやる・・・。」
これも毎度のこと。
いったいいつになったら決めてくれるのか・・・。
やはりこちらからもっと、ガンガンアピールするべきなのかもしれない。
「おねえちゃん、デート?」
「今日こそ決めてやるんだから。」
「よしっ!」
数日後、またしても気合を入れて、アイが出掛けて行った。
しかし、ケイには嫌な予感しかしない。
「あたしも出かけよっと。今日はちょっと遠出するか。」
アイが家にいなくとも、ピアノを弾き始めたら、ケイは時間が経つのを忘れてしまう。
アイがイラついて帰ってくれば、また怒られる。
それに、この前公園で弾いてみたら、存外気持ちが良かったので、少し遠くの場所に行って弾いてみようと思ったのだ。
「二区画くらい行けばいいかな?」
地下鉄に乗って、港の側まできてみると、広い公園があった。
「なんかキレイな公園!」
「ここなら大丈夫かも♪」
あたりに人影はない。
ここなら思う存分ピアノが弾ける。
しかし・・・
「やー。雨だ・・・。」
ケイが弾き始めて程なくして、雨粒が落ちてきた。
「キーボードがダメになっちゃ・・・う。」
「やぁ、ケイちゃん。」
「げ。」
キーボードを片付けていると、またしてもこの男が現れた。
もしかすると、ケイが気付かなかっただけで、ずっと見られていたのかもしれない。
「ジェイさん。なんでここにいるの?」
「偶然通りかかったんだ。」
「ストーカー?」
「偶然だって言ってんじゃん。」
「それはそうと、やっぱキミ、うまいなぁ。誰かに聞かせたいとか思わない?」
「思わない。」
「なんで?」
「ヘタだもん。」
「ヘタじゃないって。」
「一回、俺とセッションしてみない?」
「ヤダ。人と合わせたことなんかないよ。」
「雨でびしょびしょだから、もう帰る。」
「ちょっと待った。雨宿りしていかね?」
「ヤダ。」
なぜこの男は、こうも自分に執着するのだろう。
ケイには分からない。
だが、次の一言に目を見張った
「じゃー・・・グランドピアノ、弾きたくない?」
「グランドピアノ・・・?」
「そ。雨宿りに付き合ってくれたら、グランドピアノ弾かせたげる。」
「ホントに?」
「ホント。ホント。行く?」
「ピアノ弾くだけだよ。」
「OK。」
ケイはグランドピアノを弾いたことがない。
機会があれば弾きたい、どんな音が出るのだろう、と以前から憧れていたのだ。
ケイは、ジェイに連れられ、一軒のバーにやってきた。
「ここにピアノ、あるの?」
「あるある。」
「飲んでないで早く弾かせてよ。」
「まぁ待て。一杯くらい・・・。」
「じゃ帰る。」
「分かったって・・・。そこの向こう側。」
「こっち?」
「俺も行くから待てって。」
「わ!」
「ピアノ!」
「俺とセッションしよう。」
「だから人と合わせたことなんかないって。」
「俺が合わせる。なんでもいいから軽めの曲、弾いてみな。」
「じゃあ・・・。」
ケイが鍵盤に指を落とすと、ジェイがそれに合わせてギターをかき鳴らした。
グランドピアノの、重厚でいてけれども澄んだ音色と、アコースティックギターの弾けるような軽妙な音が重なり合い、空間を支配していく。
ケイは胸が高鳴った。
こんな感覚は初めてだった。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
長くなりそうなので続く。
ちなみに、ディーンさんのモデルは、もちろん某調査兵団の団長さんです。
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