・・・十数年後 -
「今日のゴハンは~♪何作ろっかな?~♪」
「野菜があるから、シチューでも作ろうかな?あれ?でも、肉あったっけ?」
ケイは成長し、高層ビルが立ち並ぶ、ブリッジ・ポートの街で暮らしていた。
「む~・・・やっぱりない・・・。」
「しょうがない。パスタにするか。ベーコンならあるし。」
ケイは、このブリッジ・ポートの高層アパートの一室で、姉の桐野アイと二人で暮らしていた。
アイは政治家の秘書をやっている。
仕事、仕事で帰りも遅い。
だから家の中のことは、ケイがすべてやっていたのだ。
「美味しくな~れ♪美味しくな~れ♪」
おばあちゃんから直々に教わったおかげで、ケイは料理がうまかった。
ケイは、子供のころ、おばあちゃんの側で、おばあちゃんが料理をするところを見ていたし、手伝ったり、ちょっとしたコツを教えてもらったりしていたのだ。
「ん。美味し。」
けれども、こうやって一人で食べる食事は味気ない。
どれほど年月が経とうと、慣れることができない。
「・・・ああ・・・イヤだな・・・。」
「空が重い・・・。空気が悪い・・・。車の音がうるさい・・・。」
「狭いよー息が詰まるよー。」
アイと暮らすようになってから随分経つが、ケイはどうしてもこの街に馴染めなかった。
アイの手前、生活できればどこでも一緒だ、と表情一つ変えなかったが、一人でいる時は、耐え切れずに、叫び出しそうになる。
そんな時は、ピアノの前に座る。
「んん~♪」
「む・・・ここで転調か。」
こうやって楽譜と向き合って弾いていると、気が紛れる。
ピアノの音に身を任せて没頭し始めると、ふ、っと身体が軽くなる。
ずっとこうやって弾いているせいで、我流ではあるが、ケイのピアノは、かなりの腕前になっていた。
「ケイ、あんたまた昨夜、ピアノ弾いてたでしょ。」
「あ。聞こえてた?ゴメン。ゴメン。」
「ゴメンじゃないわよ。夜中は弾かないで、って言ったでしょ。」
「んー。弾き始めたら時間忘れちゃってた。」
「あんた、いっつもおんなじこと言ってるじゃない!あたし、仕事で疲れてんの!」
「おねえちゃんも、いっつも同じこと。うぁ。雨、激しくなってきたよ?」
「あれ。ホントだ。」
「続きは中でやろ。」
「おねえちゃん、怒るとコワイんだもんなー。」
アイの機嫌の悪さは、仕事の忙しさのせいだけではないのを、ケイは知っている。
「この街、雨の日だけは好きなんだけど・・・。」
雨が、澱んだ埃っぽい空気を洗い流してくれる。
雨が上がれば、びしょぬれになったビルや道路が、シャワーを浴びた後のようにすっきりして、輝いて見えるような気がする。
「おねえちゃんを怒らせないようにしなくっちゃだな。」
アイには恋人がいる。
その恋人と、なんだかうまくいってない時は機嫌が悪いのだ。
だからといって、腫れ物に触るようなデリケートな振る舞いは、ケイには出来ない。
「だったら外で練習すればいいんだよね。」
雨が上がったので、ケイは近くの公園にやってきた。
「さーて。」
お祭りの会場が設営されているが、平日の昼間ならほとんど人はいない。
それに、スピーカーからガンガン音楽が流れていて、ケイが鍵盤を叩いても、周りに迷惑をかけることはないだろう。
「ふんふふふ~ん♪あー・・・楽譜がないと、ますます我流になるなぁ。」
「そうだ。かぼちゃに聞かせてやろう。」
目の前にかぼちゃ畑がある。
いつも観客などいないが、音楽で作物の成長が促されるというのも聞いたことがある。
せっかくなので、かぼちゃを観客に見立てて弾いてやろうと思ったのだ。
ケイがかぼちゃに向かってピアノを奏でていると、一人の男が足を止めた。
「へぇ・・・。」
「なかなかいいノリじゃん。」
「あれ・・・なんか見られてる・・・?」
その男の視線に、ケイは気付いた。
「なんで見てんだろ。あたしはかぼちゃに聞かせてんのに・・・。」
あくまでも観客はかぼちゃ、である。
ひとしきりピアノの練習をして、そろそろ帰ろうか・・・と立ち上がると、じっとケイがピアノを弾くところを見ていた男が近付いてきた。
「ね。キミ、この街の子?」
「うん。」
「見たことないねー。名前なんて言うの?」
「ケイ。」
「俺、ジェイってんだ。ねぇ、ケイちゃんは いっつもここでピアノ弾いてんの?」
「ううん。初めて。」
「うまいなぁ。驚いたよ!音楽活動とかやってんの?」
「音楽活動?」
「どっかの楽団に入ってるとか、バンドやってるとか。結構練習してるだろ?」
「楽団?そんなもの入ってないよ。いつもは家で弾いてるだけ。今日はかぼちゃに聞かせてただけ。」
「かぼちゃ?そんなもんに聞かせるなよ!もったいない!人に聞かせろよ。人に!十分金取れるレベルだぜ?」
「だってかぼちゃの成長促進になるでしょ?」
「きっとかぼちゃも喜んでるよ!」
「あのさー・・・。」
「かぼちゃは拍手してくんないだろ?俺さ、バンド組んでんだ。一回俺たちのバンドで弾いてみない?」
「えー。ヤダ。」
「お・・・っと・・・。」
「もう帰る。ゴハンの用意しなきゃ!」
「そっか。」
「じゃあね。」
「変わったヤツだなぁ。かぼちゃかぁ。」
「しまった・・・。俺としたことが連絡先も聞いてないぞ。」
「あーびっくりした。」
ケイは逃げるように公園を後にした。
家から近い、というだけでここに来てみたが、あんな風に声をかけられるなんて、思ってもみなかった。
「次は違うとこ行こう。」
彼・・・ジェイと名乗った男は、『金が取れるレベル』と言ったが、ケイにはどうしてもそうは思えない。
ピアノを弾くことと、お金を稼ぐということがどうしても結びつかない。
しかし、彼とは今後、長い付き合いになるのだった。
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大人編、始まりましたが、まだプロローグ。
本編はまだまだ先であるのだった。
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