「ねぇ、二人とも。今日は温泉に付き合ってくれないかな?」
「うん。行く。」
「えー?温泉ー?何が面白いのー?」
「温泉に入るのは、ばぁちゃんだけだよ。ケイちゃんとアールくんは遊んでていいから。」
「遊ぶって?」
「スノボの練習場とか、スケートリンクとかあんの。」
「スノボ?それだけ?」
「ちょっとした娯楽施設だよ。行けば分かる。」
「じゃ、食べ終わったら出かけようかねぇ。」
行けば分かる、とケイは言ったが、遊園地みたいなものだろうか・・・と思っていたアールの期待は、見事に裏切られた。
「こ・・・ここって・・・。」
その場所は、家から割りと近場にあったのだが、広い敷地内は雪で真っ白に染まっている。
確かに遊び道具はあれこれあるのだが、ほとんどが雪に埋まってしまっていて使い物にならないようだった。
「じゃ、ばぁちゃんは温泉入ってくるから、ケイちゃんたちは遊んでてね。
一日中遊んでていいよ。」
「ホント?」
「(俺も温泉がいいかも・・・)」
おばあちゃんは一人で温泉に行ってしまい、ケイとアールが残された。
「アールくん、スノボしに行こ。」
「俺、スノボなんかしたことないよ・・・。」
「教えたげる。」
ケイがあまりにも簡単に言うものだから、案外出来るのかもしれない、とアールは思った。
「行っくぞー!」
「せーのっ。 」
「ひゅーーっ。」
「ほいっ、と。」
「え・・・えっとー・・・。ケ・・・ケイちゃん・・・。」
「アールくん!やってみるー?」
「こ・・・これは・・・。」
「お・・・俺にはムリだ・・・。」
見ているだけで足がガクガク震えてきて、チビりそうだ。
「俺、見てるだけでいい・・・。」
「そう?楽しいよ?」
「ほら、だって。」
「こんなに雪が。」
「雪積もった方が滑りやすいに決まってんじゃん!」
「ムリだって・・・うわーーっ!」
ケイが派手に転んだのを見て、泣きそうになった。
だが、当のケイはケロッとしたものだった。
「あー。虹だー。」
「ねー。ホントにやんないの?教えたげるし、ボードも貸したげるのに。」
「あははー。お前、俺があんなこと出来ると思うなよ。」
「最初はゆーっくりやるんだってば。」
「俺はこう見えても運動音痴なんだ。」
「そうなの?雪道走れるんだから大丈夫じゃない?」
「それとこれとは全然違う!俺は空は飛べないんだ。」
「気持ちいいのにー。」
なんだかんだと理屈をつけているが、とにかくただひたすら怖いのだ。
練習次第でなんとかなる、とケイは言うが、こればっかりは誰に何を言われても出来そうにない。
「あの子達、楽しんでるかな?」
「あー。いい気持ちー。」
最初はどうなることかと思ったが、そもそもケイは、思いやりがあって、とても人懐っこい性質なのだ。
同じ年頃のアールが家にいれば、本当に兄弟のように仲良く、子供らしく過ごせるのだろう。
「スノボ無理ならさ。」
「ん?」
「スケートする?」
「ス・・・スケート・・・?」
「スケートなら、地面にずっと足がついたまんまだから大丈夫だよ!」
「それなら・・・だい・・・じょうぶ・・・かな?」
「ね!よし!やろうよ!」
「お・・・おぉ・・・。」
「(スケートなんて・・・。)」
もちろんやったことなどない。
「(どうしようーーっ!?)」
「?」
「アールくん、こっちだよ。」
まぁ、スノーボードとは違って、ケイの言うとおり、地面に足が着いているわけだから、さほど恐ろしくもない・・・かもしれない。
それに、リンクの上で転んだとしても、服がびしょびしょになるくらいだろう。
「よ・・・っと。行くよー。」
「え・・・。あれ・・・?ここ・・・」
「池ーーーっ!?」
「池だよ。ちゃんと凍ってるから大丈夫。」
「ケイちゃん、リンクって言わなかったっけ!?」
「いや・・・違う・・・。」
「そーっと・・・。」
「あわわわわわっ!」
「ふぃーーーっ・・・。」
「ちゃんと滑れてるじゃん!やったね!」
なにをやってもケイには敵わない。
例えば、自分が得意なゲームで対戦したとしても、最初は勝てるだろうが、すぐにケイの方がうまくなって、足元にも及ばなくなる。
そんな気がする。
ケイには教えられることばかりで、けれど、不思議と嫉妬心のようなものは湧いてこない。
それは、ケイが出来ることを鼻にかけずに飄々としているせいか・・・いや、あまりにも自分には出来ないことが多過ぎるのだ、とアールは知ったのだ。
「ばぁちゃん。」
「ん?なぁに?」
「ケイちゃんって学校の成績、いいの?」
「んー・・・ばぁちゃん、あんまりそういうの興味ないからなぁ・・・。けど、全教科Aだって先生が言ってたよ。」
「う・・・。(やっぱ負けてる・・・)」
「そんなことが気になるの?」
「・・・だってケイちゃん、なんでも出来るんだもん。」
「ケイちゃんだって出来ないことくらいあるよ。」
「例えば?」
「そうねぇ・・・。絵を描いたりするのは苦手みたいだよ。あとはー・・・。」
「(俺も絵はへたくそだし・・・。)」
「じゃー他にケイちゃんが苦手なこと見つけたら教えてっ。」
「いいけど、どうして?」
「ケイちゃんに教えたい!」
「うん。分かった。」
ちょっとくらいはお兄さんぶってみたい。
妹がいたら、こんな感じなのかもしれない、と思っていた。
たとえ、自分よりもずっと出来のいい妹だったとしても、きっと今、アールがケイに抱いているような感情を持つのだろう。
「ねぇ、ケイちゃん。」
「んー?」
「そういえばさ、ケイちゃんはさ、なんでおばあちゃんと暮らしてるの?」
「家族だから。」
「家族って言ったって・・・。」
アールは、この家に来た時から感じていた疑問を、ケイにぶつけた。
ここに来てから日が経ち、ケイとやっとなんでも話せるようになったから、聞いてみたかったことを言えるようになったのだ。
「アールくんはなんでここに来たの?」
「それは・・・親がさー。」
「家庭内の事情?フリンとかリコンとか?」
「バカ言うな。そんなんじゃないよ。たまたまお父さんとお母さんの出張が重なって、他に預け先がないからって連れてこられたんだ。」
「ふぅーん。」
「ケイちゃんはー・・・。」
「ねっ。秘密基地行こ。」
「秘密基地?なんだ?それ。」
「早く食べちゃって。行こ。」
話をはぐらかされた。
やっぱり聞いてはいけなかったのだろうか・・・とアールはちょっと申し訳ないような気がしていた。
アールの食事が終わるのを待って、ケイは家の敷地内の納屋に、アールを連れて行った。
「ここ、ここ。」
「わぁっ。ただの納屋かと思ってたよ。」
「おもちゃ運び込んだの。ばぁちゃんが使っていいって。」
ケイに話をはぐらかされて遊びに誘われたのだ、と思っていたが、そうではなかった。
「内緒話は人がいないトコでするもんなんだよ。」
「ばぁちゃんに聞かれたくないの?」
「余計な心配かけたくないの。それににゃんこもいるじゃん。」
「ネコは人間の言葉、分かんないだろ?」
「分かるよ。」
「ウソだー。」
「ウソじゃないよ。今度話しかけてみなよ。」
「・・・で、聞かれたくない話って?」
「さっきの続き。ケイ、お父さんもお母さんもいないんだ。」
「え・・・。」
「いないって・・・。」
「二人とも帰ってこなくなっちゃった。」
「・・・駆け落ち?」
「夫婦で駆け落ちはないよ。でももうずーーっと帰ってこないから、おねえちゃんにここに住みなさい、って言われたんだ。」
ケイが言葉を選んで、両親がいないことをこともなげにさりげなく話したせいで、ケイの両親は亡くなったのだ、ということに、アールは気付かなかった。
ケイの言葉の端から、深い事情を察するほど、アールは大人ではなかった。
「おねえちゃん、いるんだ・・・。今、どこにいんの?」
「おねえちゃんは学校行ってる。寄宿制のお嬢様学校だよ。」
「会いに来るの?」
「たまーにね。」
「卒業したら、ケイのこと迎えに来るって言うんだけどさー・・・。」
「ん?」
「こっからがホントの内緒話。おねえちゃん、迎えに来なくってもいいと思うんだ。」
「え?なんで?」
「ケイはね、ばぁちゃんと一緒に、ここでずーーっと暮らしたいんだ。」
「ああ!そういうことか!」
「ここ、いいよなー。ばぁちゃん、料理うまいし、優しいし。」
「うん。おねえちゃんにはおねえちゃんの人生があるんだから、好きなように生きればいいって思うよ。」
「また難しいこと言うな・・・ケイちゃんは・・・。」
「俺もここに一緒に住みたいな!」
「アールくんはおとうさんもおかあさんもいるんだからダメだよ。ちゃんと家族揃って暮らしたほうがいいよ。じゃないと、おとうさんもおかあさんも悲しむと思うよ。」
「そうかぁ・・・。」
「うん。」
ここで、ケイやおばあちゃんと一緒に暮らしたい、という思いは、本音だった。
けれど、アールには両親がいる。
今回、たまたまアールの学校の長期休暇と、両親の仕事の都合が重なってしまい、やむなくここに預けられただけなのだ。
家の近くに子供を長期間預けられるようなところもない。
親戚も他界しているか、外国に暮らしていたりして、アールの母方の祖母の姉である桐野のおばあちゃんが、車で数時間かかるとはいえ、親戚の中ではもっとも近くに暮らしていた。
そこで出会ったケイ。
ケイのことをもっと知りたかったし、仲良くしたかった。
事情が許せば、アールは本当にずっとここに住みたい、と思っていたのだった。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
のび太の初恋、ってとこでしょうか。
ケイがどらえもんですな。
0 件のコメント:
コメントを投稿