仕事を終え、アイはとぼとぼと雪道を家に向かって歩いていた。
ディーンとは距離を置こう、と考え、ここ数日は連絡をしていない。
「でも・・・会いたいな・・・。」
なんとも情けない話だが、ほんの数日顔を見ないだけで、ディーンの笑顔が恋しい。
再確認したのは、やっぱり自分はディーンが好きだ、という思いだけ。
会いたい、という気持ちだけが、全身を駆け巡っていた。
「アイちゃん!」
だからアパートの前で待っているこの人は、幻覚かもしれない、とアイは一瞬、戸惑った。
「・・・ディーン?」
「アイちゃん、仕事お疲れ様。おかえり。」
「どうし・・・たの・・・?」
「うん。どうしても今日、アイちゃんに会いたくてさ。」
ディーンが家の前で待っているなど、初めてのことだった。
ここ数日、連絡も取っていなかったし、けれど、アイはディーンに会いたかった。
ディーンも同じ気持ちでいてくれた、ということなのだろうか。
「あのね、アイちゃん。」
「ん?」
「今日、辞令が出てね。昇進が決まったんだ。」
「そうなの!?おめでとう!」
「ありがとう。」
「ディーン、早く分隊を任せられるようになりたいって言ってたもんね!」
「うん。」
「それでね。」
「んっ?」
それは突然やってきた。
「アイちゃん。結婚しよ。」
「えええええーーっ!?」
「待たせちゃってゴメンね。でも、昇進して、給料が安定するまでは、って思ってたんだ。」
「ウソ!?」
「ホント。」
ディーンは、本気できちんとアイのことを考えていてくれたのだ。
なのに、ディーンが何を考えているのか分からない、などと、勝手に憶測し、距離を置こうなどと考えた自分が恥ずかしかった。
「さぁ!左手を。ボクのお姫様。」
「う・・・うん。」
「やぁ。ピッタリだ!アイちゃんが寝ているときにこっそり指のサイズを測った甲斐があったよ!」
「わぁー・・・。」
言葉が出なかった。
こんなに嬉しいことはない。
「ディーン・・・。」
「なにかな?」
「・・・ゴメンね。」
「んっ?結婚したくないとかそんなのはナシだよ?」
「そうじゃないの。ディーンの愛情を疑ったりして・・・。」
「そんなこと考えてたの?どうして?」
「だって・・・。」
アイの焦りも、ディーンの空気の読めなさも、もうどうでもよかった。
「嬉しい・・・。」
「よかった。」
この人と一生いっしょにいられる。
それは、今までの人生なんて取るに足らないほど小さなものだと思えるくらい、アイにとって、大きな大きな幸せだった。
アイは生まれて初めて、街を覆う雪がキレイだ、と思った。
車のヘッドライトも、眠らない街の灯りも、なにもかもが輝いて見えて、雪の日が好きだ、と思えるようになった。
「ケイ!ケイ!聞いて!」
「あ。おねえちゃん、おかえり。どしたの?」
ディーンと熱い抱擁を交わし、上気した顔で家に帰ってきたアイは、興奮もそのままに、さっそくケイに報告した。
「ディーンがね、プロポーズしてくれたの!」
「ホント?やったじゃん!おねえちゃん!」
「おめでとう!おねえちゃん!」
「ケイ、ありがとう!」
ケイにとっても、これは喜ばしいことだ。
アイにはアイの人生を歩んで欲しい、幸せになって欲しいというのは、ずっと思っていたことだったし、これでアイの八つ当たりの対象からも逃れられるのだ。
「それでね。ディーンが今度の休みに挨拶に来るから。」
「やっと会わせてもらえるわけだ。」
「惚れないでよ。男前なんだから。」
「惚れません。」
「でも、どんな人かな。」
それが楽しみではあった。
このアイを乗りこなす男なら、さぞかしいい男なのだろうな、と思ったのだ。
「うふふー。いい天気!」
冬になると、ブリッジポートの街にも、スノーボードのハーフパイプが設置される。
「やっぱり冬はいいなぁ。」
ケイは気が向くと、ボードを持ってやってきては、滑りを楽しむのだ。
「この冬初滑り。行くぞー。」
「よっ!」
「うん!気持ちいいーっ!」
「降ってきた!もっと積もれーっ!」
週末には、アイのフィアンセがやってくる。
家族が増える・・・それだけでケイは嬉しかった。
「ケイ!」
「あ。おねえちゃん、おはよー。」
そして週末。
今日はディーンがやってくる。
「あんた、その格好なの?もっとまともな服、ないの?」
「別にいいじゃん。動きやすいし。」
「ディーンが来るんだから、行儀よくしてよね!」
「子供じゃあるまいし。」
「あんた子供みたいだから心配なの!」
「頼むから変なことしないでね!」
「変なことって?」
「雪ダルマ作ったりとか。」
「雪ダルマは別に変じゃないと思うよ?それに、雪ダルマ一緒に作ってくれる人は、とりあえずいい人だ。」
「やーめーてー。」
「おねえちゃん、来たみたいだよ。」
「はっ・・・大変・・・。」
アイがそわそわと落ち着きがないのは分かるが、なんだか滑稽で、笑い出しそうになる。
「だったらもっと早くに会わせてくれてもよかったのになぁ。」
そうすれば、こんな風にいざとなった時に、焦らずにすんだのに、とケイは思う。
改まって顔を合わせることになったから、アイもかしこまってしまって、緊張するのだろう。
「や。アイちゃん。」
「い・・・いらっしゃい。」
「お招き、ありがとう。」
「なんのおもてなしも出来ないけど・・・入って。」
「妹さんに会うの、楽しみにしてたんだ。アイちゃん、いつも話してくれるだろ。」
「ああ・・・紹介するね。」
「妹・・・ケイっていうの。」
「ケイちゃんか・・・。」
この人が家族になるのか・・・と思った。
なんだか変わってるっぽい人だな、というのが第一印象だった。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
あ。はっちゃけてないな・・・
次回、次回。
0 件のコメント:
コメントを投稿