「こんちは。」
「あの・・・どなた?」
「あんたが桐野アイさん?」
「そうだけど・・・。」
「ふーん・・・。美人だな。」
「は?あんた、誰?」
突然の来訪者に、いきなり不躾なことを言われ、アイは怪訝な顔をした。
「ああ、悪い。俺、有住ジェイ。有住ディーンの弟だよ。アニキ、来てるんだろ?」
「え?ディーンの弟?」
「そう。」
「ホントにディーンの弟?」
「ホントだって。アニキにここに来るように、って言われたんだよ。」
突然の来訪者は、ディーンの弟だと名乗った。
「んー・・・まぁ、弟がいるとは聞いてたけど・・・。」
「だろ?いやー。しかし、あんたみたいな美人がアニキと結婚するとはねぇ。あんた、アニキと絶対に別れないでくれよ?」
「結婚する前から別れるとかそういう話?」
「だって・・・アイツ、がっつり変態だぜ?」
「知ってる。」
「知ってんだ・・・。」
「ま、知ってなきゃ結婚までしないか。あの変態、野放しにしといたらなにするか分かんないから、あんたがちゃんと繋ぎとめてくれててありがたいんだよ。」
「あたしもそう思うわ。」
「感謝してるよ。」
「ディーンに似てないわねー。性格。」
「だろ?」
「ところで、バカアニキは?帰った?」
「ああ・・・。」
「この寒いのにフィアンセほったらかして外で雪ダルマ作ってるアレのことかしら。」
「雪ダルマ?」
窓越しにベランダを見ると、ディーンがせっせと雪ダルマを作っていた。
「ああ・・・バカだ・・・。」
「でしょ?」
「・・・あれ?」
「あの子・・・。」
「ん?」
「あの女の子・・・。」
「ああ。あれ、ウチの妹。」
「妹・・・かぁ・・・。」
「バカでしょ。」
「ふぅーん・・・こんなトコで見つけるとはなぁ・・・。」
「どうかした?知り合い?」
「ちょっとねー。」
「おにいさまー。もうちょっと雪固めないと。」
「ふむ。そうだな。」
「・・・おや?」
「ジェイじゃないか。」
「・・・ジェイ?」
「弟だ。」
「よっ。バカアニキ。」
「今来たのか?もっと早く来れなかったのか?」
「俺だっていろいろあんの。」
「・・・ジェイ?」
間違いない。
今まで何回かケイに声をかけてきて、バンドに入れだの、金になるだの、訳の分からないことをさんざん並べ立てていた、あのジェイだ。
「アイさん、めっちゃ美人じゃないか!」
「そうだろう?」
「よくまぁ、捕まえたよな。絶対逃がすなよ!」
「当たり前だ。貴様、アイちゃんに手を出すなよ。」
「出さねえよ!アイさんより俺は・・・。」
「ケイちゃんに興味があるね。」
「ん?妹ちゃん。こやつを知っているのか?」
「ジェイ!なんでここにいるの?やっぱストーカー?」
「違うって。コイツ、俺のアニキなの。」
「ディーンさんの弟?」
「しかし、やっぱこれは運命か?連絡先も聞いてなかったが、こんなトコで縁があるとはな。」
「おにいさんになるの?」
「おにいさん・・・。」
「ディーンさんの弟なら、ジェイもおにいさんになるんだよね?」
「貴様が兄になる日がくるとはな。」
「そっか・・・。兄弟になっちまうのか・・・。」
そういうことだ。
ケイにストーカーと言われても、この才能を埋もれさせるのは惜しい、といつも探していたケイが、縁あって兄弟になるという。
「複雑な気分だ・・・。」
「あたしも。」
「・・・というか、嬉しいかも。」
「?」
ジェイが、「嬉しい」と言った意味が、ケイにはよく分からなかった。
「ケイ。」
「んー?」
「あんたさぁ・・・どうする?」
「どうするって?」
「あたしはディーンと結婚するわけよ。」
「うん。」
「だから、あんたどうする?」
「あたしは結婚しないよ?」
「何言ってんの。バカ。あたしはここからいなくなるの。」
「うん?出て行くの?」
「だったら、一人で暮らすけど?」
「あんた、ここの家賃、いくらか知ってるの?」
「知らない。」
「あんたに払えるのか、ってことよ。」
「あ。そうか。」
「働いて稼がなきゃダメなの!あんた、なんの仕事が出来る?」
「働かなきゃダメかな?」
「当たり前でしょ!」
「おねえちゃんたちと一緒に住むとか?家政婦代わりにしていいよ?」
「バカ言わないで!新婚家庭に入り込む気!?」
「そういうの・・・考えてなかったな。」
「ケイ!どこ行くの!」
「考えてなかったんなら今考えて!ケイったら!」
そうは言われても、ケイは、すぐには考えられないと思った。
アイがいつかは結婚するのだ、ということは分かっていた。
けれど、今までどおりここで、アイと、アイの旦那さんになる人と、一緒に暮らすものだと思っていたのだ。
「や。ケイ。」
「また来た・・・。」
あれから・・・そう、ディーンと初めて会って、そしてジェイはディーンの弟だと知ったあの日から、ジェイは度々ケイのもとを訪れた。
それこそ日を置かずに、だ。
「来たっていいじゃないか。兄弟なんだし。」
「まだ兄弟になってないよ。」
そう。
ジェイが嬉しいと言ったのは、兄弟であれなんであれ、ケイと繋がりが出来た、ということだ。
自由にこの家に出入りできる。
「セッションしに行こうぜ。」
「ヤダ。」
「なんだよ。つれないなぁ。お兄さんの言うこと聞いてくれてもいいんじゃない?」
「まだ兄弟になってないよ。」
「あたし、考えなきゃいけないことがあって、頭いっぱいなの!」
「何を考えなきゃいけないんだ?」
「自分の行く末。」
「だから音楽で身を立てりゃいいだろ?」
「それはイヤだ。ピアノで稼ぎたくないし、稼げるわけない。」
「なんでイヤなんだよ!やってみなきゃ分かんないだろ?」
「やってみようとか思わないんだもん。」
「じゃ、俺と一緒に住むか?」
「もっとイヤだ。」
なんだか煩わしい。
アイの言うことはもっともだし、バイトくらいしかしたことのないケイに、一生出来る仕事など、今のところ思いつかない。
それならいっそ・・・。
「おねえちゃん。」
「ん?」
「あたし、ノラネコになるよ。」
「へ?」
「おねえちゃんがいなくなったら、あたしも家出て、ノラネコになる。ホームレス暮らしするよ。」
「アンタバカなの?」
「なんでよ。真面目に考えたんだから。」
「女の子がホームレスなんて、そこらへんの海に溺死体で浮かぶのがオチよ。」
「はぁ・・・。なんでこんなおバカなのかしら・・・。」
「これでも真面目に考えたんだよ?」
「もっとちゃんと考えなさい。この街にいるの?出るの?」
「あっ・・・そういう選択肢もあるのか・・・。」
「ほら!ちゃんと考えてないじゃない!」
「この街でノラネコになるってしか考えなかった。」
「あたし、血の繋がった妹がホームレスなんてイヤだから!」
「うーん・・・じゃとりあえず街は出ようかな。」
「とりあえずとかダメだからね!ケイがちゃんと落ち着く先決めなきゃ、安心してディーンのところに行けないからね!」
「おねえちゃんの幸せを邪魔しないように、って思ったんだけど・・・。」
「方向性間違ってるから!」
ノラネコになりたい、と思っていた子供の頃の夢を、ふと思い出して言ってみたのだが、アイには理解してもらえなかった。
だったらどうしようか・・・。
なにも思いつかない。
けれど、これは自分でちゃんと考えて、アイに理解して貰わなければいけないのだ。
ケイは、突然、人生の岐路に立たされたのだ。
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ちょっと間空いてしまいました。
いいショットが取れなくて・・・と言い訳してみる。苦しいな。
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