「お茶を飲んでせっかくあったまったというのに・・・。」
「小止みになってるよ。雪。」
アールは寒い、と言って嫌がる怜を、無理やり外へ連れ出した。
街の観光スポットになるような学校とはどんなところだろう、となんだかわくわくしていた。
「お客さん、着きましたよ。」
「ここかー。ホント、車ですぐだったな。」
ホテルから車で5分ほど。
坂を昇り、山に近い小高い場所に、学校は建っていた。
「ほぉ・・・これは・・・なんともモダンな・・・。」
「カッコいいなぁ。」
学校だ、というその建物は、一見してとても学校には見えないガラス張りの建物だった。
これは確かに一見の価値がある。
「スゴイですね。」
「うん。スゴイや。」
「怜ちゃん、中、入ってみようぜ。」
「いいんですか?勝手にそんなことして・・・。」
「俺が教師として働くことになる学校なんだからいいよ。きっと。」
適当なことを言ってみたが、警備員が立っているわけでもなく、出入りは制限されていないようだった。
「わぁ。暖房効いてるー。」
人の気配はないが、中に入ると暖かかった。
新しい木材や漆喰の匂いがする。
アールはうろうろと、校舎の中を歩き回った。
「わぁ。プールがある。」
「なかなか広いですね。」
入り口を入って左手の扉を開けると、プールだった。
「温水でしょうか。」
「ちょっと冷えるなぁ。水はまだあっためてないのかも。」
水を張ってはあるものの、まだ、誰も入ることのないプールは、塵の一つも浮いてはいない。
「おっ。ここは教室かぁー。」
「なんだか懐かしい感じがしますね。」
入り口の正面には、教室が並んでいた。
ここも真新しい木の匂いがする。
「みんな注目ー!授業を始めまーす!」
「えー・・・この化学式の構成はー・・・。」
「んー・・・ちょっと君たちには難しいけど、覚えれば楽しいからぁ・・・。」
「分かるかなぁー?」
「あれっ?」
「怜ちゃん、どこ行っちゃったんだろ?」
アールが教壇に立って、講義の真似事をして遊んでいる間に、怜の姿が消えていた。
「せっかく俺の板についた教師っぷりを披露してたってのに。怜ちゃーん。上かな?」
「おっ。ここは大学の実験室に似てるなぁ。」
複雑な構造の校舎の階段を昇りつめてみると、化学実験室のような部屋にたどり着いた。
「あー。見晴らし、最高だな!」
ここからは遠くの山まで見通せる。
その山も真っ白に雪化粧をしていた。
「ここはー・・・美術室か。」
怜を探してうろうろしてみたが、設備はほぼ整っている。
真新しい機材や道具が、使われる日を待ちわびているようだった。
「あれっ?怜ちゃん。ここにいたんだ。探したよー。」
「お手洗いをお借りしていただけです。アールくんこそ、どこに行っていたんですか?」
さんざん探したが、怜は1階の入り口近くにいた。
「ちょっと上の階まで探検してた。いい学校だなー。ここ。」
「ところで、先方とはお会いできたんですか?」
「ああ。会うのは明日だから。」
「えっ?明日?」
「だって着いて早々じゃ、慌しいだろ?心の準備もしなくちゃいけないし。」
「今日は下見だけ!」
「アールくん・・・明日、学校の方とお会いして、その足で実家に帰るんですか?」
「いや?三泊の予定だよ。せっかく来たんだし、観光したいじゃん!」
「1日だけって言いましたよね?」
「言ったっけ?いいじゃん。怜ちゃん、明日も付き合ってよ。」
「イヤです。」
「そこをなんとか。」
「1杯おごるからさぁ~。ほら。いい感じの店だよー。俺がバイトしてる店に、ちょっと雰囲気似てるかも。」
「飲むのは付き合いますが、明日はイヤです。」
学校を出て、散策がてら坂を下り、街の中心地に近い場所にバーを見つけて、二人は入っていった。
「ここは昔っからあったのかな?いい感じだなぁ。」
「お。生演奏ですか。いいですねぇ。」
カクテルを注文し、一口飲むと、一気に体が温まった。
「そもそもなんで三泊もするんですか。だったら最初から言ってください。」
「だってそう言ったら、怜ちゃんついてきてくんないだろ?」
「当然です。」
「俺が住むことになる街だからさ、見ときたかったんだよなぁ。」
「もっともらしい理由ですが・・・明日は付き合いませんよ。」
「じゃ、怜ちゃん、明日はどうすんのさ。」
「ふーん・・・なかなかうまいですねー。プロの演奏家でしょうか・・・。」
「することないんだったら付き合ってよ。」
バーのステージでは、ベースの生演奏が続いている。
怜の言うとおり、なかなかにうまい演奏だった。
「ボクは温泉にでも行くとします。ちょっと離れた場所ですが、いいところがあるそうです。」
「いつの間にそんな情報仕入れたんだよ。温泉なら俺も行きたいな。」
「アールくんは、ちゃんと就職決めてきてください。」
「温泉、明後日にしない?」
「何泊する気ですか。これ以上は付き合いませんよ。」
「だよねー。」
まぁ、これ以上、怜を振り回すのも気の毒だ。
場所も分かったことだし、ここは一人で行くしかない、とアールは腹を決めた。
「・・・とはいえ・・・やっぱドキドキするな・・・。」
翌朝、アールは再び学校までやってきた。
「ま、でも気合入れていかなくっちゃ。」
寒さは厳しいが、雪は降っていない。
今日が自分のスタートの日だ、と腹をくくって、アールは学校の扉を開けた。
「えーっと・・・。」
入り口付近で、理事長と会う手筈になっていたのだが、どうもそれらしい人物は見当たらない。
時間も間違ってはいない。
少し遅れているのだろうか・・・と思った。
「・・・あの人に聞いてみようかな。」
理事長らしき人はいないが、なにか作業をしているらしい年配の男性がいる。
学校の用務員か何かだろうか・・・とあたりをつけて、アールは声をかけてみた。
「あのー・・・すみません。」
「なにかな?」
「こちらの理事長さんにお会いする約束をしていた一ノ瀬といいますが・・・。」
声をかけると、その人は訳知り顔でうなずいた。
「ああ。一ノ瀬くん。」
「はい。理事長さんはどちらに?」
「こちらに来てください。」
「あ。はい。」
「こっちですよ。」
階段を上がった二階の奥にある応接室のような場所に、アールは通された。
「ここでちょっと待っていてください。」
「理事長さんを呼んできてくださるんですか?」
「すぐ来ますよ。」
「案内、どうもありがとうございます!」
「いえいえ。」
「えーっと・・・座って待ってていいかな。」
立って待っているほうが、この場合おかしいだろう。
「んー・・・緊張するなぁ・・・。」
面接、というものは、何度やっても慣れない。
何を聞かれるのかは分からないが、紋切り型の質問の答えを思い浮かべ、アールはしばらく待っていた。
すると、ほどなくして応接室の扉が開いた。
「あっ・・・。」
「あの・・・初めまして。一ノ瀬と・・・。」
「ああ。そのまま座っていて構わないよ。」
「どうも。この学校の理事長です。」
「初めまし・・・あれっ?さっきの・・・。」
ソファーに腰を下ろした理事長は、よくよく見ると、さっきアールをここまで案内してくれた人だった。
「よ・・・用務員さん!?」
「ははは。用務員ではないよ。ま、理事長とはいっても、半分用務員みたいなものだがね。」
「あ・・・すみません・・・。」
「あの・・・そうやって試したりしてるってことですか・・・?」
「そういうわけじゃないよ。この学校は、まだまだ手を入れたいところがたくさんあってね。毎日ああやって見回っているんだ。」
「理事長さんが・・・ですか?」
「そう。人手が足りないのでね。」
「そうでしたか。でも・・・設備も整っていて、いい学校ですね。」
「ん?君は中を見て回ったのかね?」
「あ。すみません。昨日来て、勝手に見学させてもらいました。」
「そうか・・・。どうだね?まだ足りないところがたくさんあるだろう?」
「いえ・・・。一部しか見ていませんが、十分だと思いました。」
「そうかい?」
「はい。足りないとしたら、教師と生徒・・・ですかね。」
「ふーむ・・・。その通りかもしれんな。」
「よし。では足りない部分は君にも加勢してもらおうかな。」
「えっ?それって・・・。」
「ここで教師として働いてくれたまえ。」
「え・・・えっとー・・・。」
「おや?不満かね?」
「あの・・・いえ・・・けど・・・。これが面接・・・?」
「若くてイケメンかどうか見るだけで十分だよ。それに君は礼儀正しい。」
「はぁ・・・あのー・・・。」
「嬉しいです。こんなにすんなり採用してもらえるなんて・・・。俺、なかなか就職が決まらなくって、なんだか周りから取り残されたみたいな感じで不安で・・・。」
「ふーん。君は真面目に働きそうなのになぁ。私は人を見る目は確かなつもりだよ。」
「ホントに採用してくださるんですか・・・?」
「うん。こんな田舎町に来てくれるなんて、ありがたいことだよ。本当になかなか人が集まらなくてね。」
「あの・・・では、お世話になります。」
「うん。よろしく頼むよ。」
「但し・・・君を採用するに当たって、条件が二つある。・・・なに、そう難しいことじゃないよ。」
理事長から聞かされた条件は、難しいことではない、と言われたが、アールにとっては少々ハードルが高いものだった。
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デイリーディールでちまちまと買い溜めたアイテムがやっと役に立ちました。
ガラス張りのスタジオは、結構前に買ってたんですが、自分で学校を作るのに挫折したので、中を改造して学校っぽくしました。
アール編、次回で最後です。
たぶん・・・。
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