こんなに積もったのは、アールが大学に入ってから初めてのことだった。
「アールくん、年末年始の休暇はどうするんですか?帰省するんですか?」
「んー。考え中。」
「家帰っても親がうるさいし。」
「じゃ、寮に残るんですか?」
「それも寂しいんだよなー。怜ちゃん、一緒に残ってよ。」
「イヤです。寒いし。それに、しぃさんがいるじゃないですか。」
「ホントはさぁ。就職決めて、しぃちゃんを親に紹介する予定だったんだよなー。」
「就職も決まらないのに、そんな予定立ててどうするんですか。」
「決まってる予定だったんだよ。」
「とにかくボクは残りません。」
いくらなんでも、この時期までには就職は決まっているもの、と、ろくに就活もしていないのに思い描いていたのだ。
しぃを実家に連れて行って、両親を驚かせたかった。
「ま、実家じゃなくっても、しぃちゃんを旅行にでも誘ってみようかなぁ。」
「それがいいですよ。喜ぶんじゃないですか?」
そのあてが外れてしまい、アールは途方に暮れてもいたのだ。
「それより、中に入りましょうよ。足が痺れてます。誰です?この寒いのに外で勉強しようなんて言ったのは。」
「俺だ。頭が冴えてはかどるかと思ったんだが・・・寒すぎて逆に頭に入らんな。」
「中入ってあったまろうぜ。コーヒーでも飲もうよ。」
「そうだな。」
雪が降り始めた頃は、ほとんどの学生が珍しがって、はしゃぎまわってやたらと雪ダルマを作ってみたり、雪合戦をしてみたりしていたが、こうも降り続くとそれも飽きてしまい、結局、部屋の中で暖まっている学生が多かった。
「まさか。四郎のおごりだろ?」
「俺は金持ってないぞ。」
しぃを旅行に誘ってみよう、と思い立ったアールだったが、しぃが同意してくれるかどうか・・・アールはそれが心配だった。
「アールくん!あのね、しぃ、試験パスしたよ!」
「アールくんのおかげ!アールくんが教えてくれなきゃ、しぃ、全然分からなかったもん。」
「しぃちゃんが頑張ったからだよ!」
休暇を目前にしても、教授からまだ、なにも話しはなかった。
周りが次々と身の振り方を決めていく中、取り残されたような気がしたが、教授に催促するわけにはいかない。
せめて休暇の間だけでも、世間のしがらみから解放されて、楽しく過ごしたい。
大学の寮に残って、昼はしぃと会って、夜はバイトをして・・・というのも悪くはないが、どうせならしぃと二人で、ずっと過ごしたい。
「しぃちゃん。休暇の予定は?」
「うん。パパがね、どっか旅行に連れてってくれる、って言ってるの。」
「か・・・家族で旅行かぁ・・・。」
「アールくんは?おウチに帰るんでしょ?」
「うーん・・・。」
「大学最後の休暇だしさ。しぃちゃんと一緒に過ごしたいと思ってたんだよなー。」
「あれ?そうだったの?ゴメンね。」
手を握ったことくらいは、ある。
けれど、しぃとの間に、まだそれ以上のことはなかった。
アールとしては、ここでしぃとの関係を深めたい、と考えていたのだ。
「でもねっ。旅行に行くのは1週間くらいだから、アールくんとも遊べるよっ。」
「そうかぁ・・・。」
そうではない。
普段と同じようにしぃと会うのではなく、二人で別の場所に行って・・・。
「あ。おみやげ買ってくるね!なにがいい?」
「おみやげ?」
「でも、まだどこ行くか決めてないから分かんないか。しぃね、テーマパークに行きたいんだー。」
「テーマパーク?」
「外国の!パパがね、こないだの試験でちゃんとパスしたら、どこでも連れてってくれるって言ってたの!アールくんのおかげで連れて行ってもらえそうだから、なんでもおみやげ買ってくるよ!」
アールは内心の落胆を隠せなかった。
せっかくしぃと二人でどこかに出掛けて、深い仲になろうと画策していたのに、しぃの心は、もう、外国のテーマパークに飛んでいる。
「うふふっ。楽しみ~。」
「(こっちはがっかり・・・だけど・・・)」
まだ、完全にチャンスがなくなったわけではない。
しぃが旅行に出かけるまでの間に、どこか近場にでも出かければいいのだ。
そのための策を練っておこう、考えていた。
しぃをどこかに誘い出そう・・・そう考えて、学生会館に、情報収集のためにやってきた矢先のことだった。
「一ノ瀬くん。」
「あ。教授。」
「話があるんだが・・・ちょっと時間あるかい?」
幸運は、突然降ってわいてきた。
教授が何を話そうとしているのかなど、分かりきっている。
「時間ならいくらでもあります!もーヒマでヒマで!」
「いや・・・そんなに長い時間はいらないけど・・・。」
「じゃ、ちょっと僕の部屋まで来てくれるかな?」
「喜んで!」
自分からあれこれ行動を起こさなくとも、待っていればチャンスは巡ってくる。
今までなんとなく生きてきて、何もしなくとも、ある程度の希望は叶ってきたから、きっと自分は幸運の星の下に生まれついているのだ、と思ってしまう。
「ま、適当にかけてくれるかな。」
「はい。」
教授が持ってきてくれた就職の話しは、きっと悪い話ではない。
アールには確信があった。
「君の就職のことなんだけどね。」
「はい!」
「君、教職は取ってたかな?」
「教員免状は取りましたけど。」
「ならうってつけだな。」
「新設のハイスクールで、教員を探していてね。ベテラン教師より、若い先生の方がいいと言うんだよ。」
「新設校ですか。」
「どうかな?ちょっと田舎町だけど、新卒でも平均以上の給料を出すそうだよ。」
「えっ。」
「そ・・・それは、なんか裏があったりするんですか?」
「裏なんかないさ。僕も最初は胡散臭いな、とは思ったんだが、今の時期に募集しても、場所が場所だしなかなか集まらないそうでね。だから、きちんと調べてから、君に話そうと思っていたんだ。」
「それって・・・そんなに田舎なんですか?」
「過疎化が進んで、人が減ってたんだが、移住者には破格値で土地を売ったり、家賃をぐっと安くしたりして、このところ人口が増えてる街だよ。先方の希望もあるし、ちょうど休暇に入る時期だし、一度行ってみないか?」
「行って確かめて、気に染まなければ断ってもいいんだよ。」
「うーん・・・。」
・・・と、考え込むようなフリをしてみせたが、アールの心は決まっていた。
田舎町だろうとなんだろうと、これを逃せば、卒業までにまともな職など決まらない。
「(高校教師か・・・。)」
「(いいんじゃないか?条件も悪くないし、土地が安いなら、働いて、お金溜めて、マイホームを買って・・・。)」
「(そして、しぃちゃんと結婚して、幸せな生活を・・・。)」
・・・という、自分の人生の青写真が脳裏に浮かんだ。
「とにかく、行ってみてはどうかな?先方には伝えておくから。」
「そうですね・・・。お願いします。」
就職が決まりさえすれば、なにもかもすべてうまくいくような気がしていた。
田舎町だとは言うが、ここからさほど時間がかかる場所でもない。
しぃを一緒に連れて行こう、と思っていた。
「ね。しぃちゃん。」
「なぁに?」
「俺、就職決まったんだ。学校の教師。」
「えっ!」
「ホント!?おめでとう!アールくん、教えるの上手だもん。いい先生になれるよ!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいな。」
「それでさ、あのー・・・赴任先に挨拶に行くんだけどさー・・・。」
「うん。行ってらっしゃい!」
「ちょうどよかった!しぃも旅行の予定が早くなってね。パパがはりきっちゃって、休暇中はずっと、向こうにいようって。」
「え。」
「せっかく外国に行くんだし、テーマパークだけじゃなくって、あれこれ観て回りたいし。」
「あ。そうなんだ・・・。」
「ね。ボーリングしようよ。アールくん、教えてよー。」
「うん・・・。」
なにもかもうまくいくはずだった。
だが、しぃとはなんだかすれ違ってしまっているような気がする。
「なにもかも、全部はうまくいかない・・・ってことかな・・・。」
旅先で、しぃにプロポーズしよう、と考えていた思惑もはずれた。
けれど、そんなに慌てることもない。
しぃの卒業まで、まだ2年あるのだし、待っていればきっといいことがある。
そう、思い直すことにした。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
いつもながら・・・時間かかったわりに、たいした話でもなく・・・。
ちと、忙しくってですねー・・・。
いや。大丈夫です。頑張ります。
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