「わぁー。もうこんなに育ってる~。」
ケイはお金のことに関しては困っていたが、生活に関してはちっとも困ってはいなかった。
「売ったらいくらぐらいになるんだろ?」
庭で作った野菜や果物や、池で釣った魚を売れば、いくらかにはなるだろう、と考えていたのだ。
そもそもホームレス生活をしよう、などと目論んでいたわけだ。
雨露が凌げるだけでもありがたい。
けれど、雨露を凌ぐためには、自分が食べる分だけではなく、少し多めに作物を作って売って、お金を作らなければならない。
「ここで買ってくれるかな?」
街の食料品店に立ち寄って、出来た作物を売ってみた。
「うーん・・・$30かぁ・・・。」
「電気代くらいしかならないか。じゃ、もっと稼がなきゃ・・・。」
「あ、そうだ。種でも拾ってまた育てればいいか。」
あくまでも働く気はない。
電気を止められても、水道を止められても、さほど困りはしないので、作物が出来たら売って、そして光熱費を払えばいいのだ。
「あ。ここ・・・。」
種や鉱石でも落ちていないか、と探し回って、ケイはとある場所にたどり着いた。
「わ!」
「ここ!昔、ばあちゃんとよく遊びに来てた公園だ!」
おばあちゃんは温泉に入り、その間ケイは、冬はスノーボードやスケート、夏は木登りやローラースケートをして遊んだ公園だった。
「わぁー!あるある!」
あの頃と同じ、スノボーのハーフパイプやスケートリンクがある。
それから
「・・・メリーゴーラウンド?」
「こんなの出来たんだー・・・。タダで乗れるのかなぁ。」
お金を取られてはたまらないので、とりあえず乗るのはやめておいた。
「・・・そうだ。ピアノを弾くというのはどうだろう?」
そういえば、ブリッジポートの公園でピアノを弾いていたら、チップをくれる人がいた。
ジェイにもそう言われていたことを思い出した。
ここにもちらほらと人がいる。
ほんの少しでも稼げないかな、と思った。
弾き始めて程なくすると・・・
「ん~♪ん~♪ん~♪」
聞いてくれる人が現れた。
「おねえちゃん、うまーい。」
「いぇーい!」
「ちょっとだけど入れておくね!」
ケイのピアノを聴いてくれた女の子が、チップを入れてくれた。
「え?ちょっと待って。」
「待って、待って!」
「なぁにー?」
「子供からはもらえないよ。大事なおこずかいなんでしょ?」
「大丈夫。ちょっとだけだし。それに子供じゃないよ。中学生だよ。」
「中学生でもダメだよ。」
「いいの!にぃちゃんに言われてるんだー。秀でてる人には惜しみなく称賛を与えなさいって!」
「お兄さん、難しいコト言うね・・・。」
「あたし、天江ゆん。おねえちゃんは?」
「ゆんちゃんかぁ。あたし桐野ケイ。」
「ケイさんって言うの。ピアノ、すっごく上手だね!」
「ケイでいいよ。」
「じゃ、ケイちゃんにする。」
「あのね、ゆんね、ピアノ習ってるんだけど、なかなかうまく弾けないの。ケイちゃんはどこで習ったの?」
「昔、ばぁちゃんに教えて貰ったんだ。」
「おばあちゃんかぁ。ウチのばぁちゃんはピアノ弾けないしなぁ。・・・ね、ケイちゃん、教えて?」
「え?あたしはムリだよー。ゆんちゃん、ちゃんと先生がいるんでしょ?」
「今のピアノの先生、あんまし好きじゃないんだー。」
「じゃ、ダメだ。うまくならないよ。」
「やっぱり?」
「教えてくれる人のこと好きで、ピアノが大好きじゃなきゃ!」
「そうだよねぇー。」
「だからケイちゃん、教えてっ!」
「でもー・・・、あたしは人に教えたりなんか出来ないし・・・。」
「ケイちゃんのピアノ、聴かせてくれるだけでもいいよぉ。ゆんのウチこの近くなんだよ。坂下りたトコ。」
「んー・・・。」
「今度、遊びに来て!」
「んー・・・遊びに行くくらいならいいかなぁ・・・。ところでゆんちゃん。」
「なぁに?」
「このメリーゴーラウンドは1回いくらかな?」
「あ。これ、タダだよ。二人以上乗ったら動くの。」
「ケイちゃん、一緒に乗る?」
「乗る!」
タダだと聞いて、ほっとした。
誰かを誘って乗るか、乗って待っていて、他の人が乗れば動くという。
「きゃっほー!」
「うぉっ。回る回る~。」
メリーゴーラウンドに乗ったのは初めてだった。
馬にまたがってぐるぐると回っていると、それだけでウキウキした。
「楽しーい!!」
この日、公園で出会ったゆんと、すっかり意気投合して、二人で暗くなるまで遊んだ。
「ケイちゃん、また遊ぼうね。ウチにも遊びに来てね。」
「うん!ゆんちゃんも遊びに来て!」
「いいの?」
「一人暮らしだからいつでも来ていいよ。」
メドウ・グレンに来て、初めて友達が出来た。
ケイは人見知りしないタチだが、ゆんは、それ以上に人懐っこかった。
妹がいたら、こんな感じなのかもしれない。
今度、本当にゆんの家に遊びに行ってみよう、とケイは思っていた。
「それにしても・・・。」
「・・・おっ。これがコツかぁ・・・。パンが焼けるオーブンとか欲しいなぁ。」
「誰か買ってくんないかな?」
よくよく考えてみると、欲しいモノはいろいろある。
服も欲しいし、料理のレシピ本も新しいものが欲しい。
この前の店で見た、ネコ型ライトも欲しいし、壊れてしまった家電も修理するなり買い換えるなりしたい。
「人間の欲望とは果てしないものだなぁ。」
「・・・あー・・・枯れちゃった。新しく植えなきゃ。」
野菜も果物も、ある程度収穫すれば枯れてしまう。
拾ってきた種があるので、また植えなければならない。
「服も洗濯しなきゃ。シャワーも・・・あ。壊れてるんだった・・・。」
畑をいじれば、当然服も汚れるし、汗もかく。
「いやいや・・・都会暮らしに慣れすぎたなぁ。いかんいかん。物がないと不便だと思うなんて・・・。」
浴槽も壊れているし、シャワーも使えない。
タオルで身体を拭くのも、ちょっと限界になっていた。
「そうだ。シャワーなんかなくったって・・・。」
「池で水浴びしちゃえばいいよね。」
目の前に池があるのだ。
しかもここは家の敷地内。
隣りの家は、数百メートル離れているから、誰に見られる心配もない。
ケイは服を脱ぎ捨て、池に足を踏み入れた。
「うひゃあ!冷たーい!」
「でも気持ちいいっ!」
池の水は冷たかったが、次第に慣れてきた。
夏の太陽で火照った身体から、すぅーっと汗が引いていく。
「うわー!もっと見晴らしがよければよかったな!草、刈っちゃおうかな?」
さて・・・。
ケイが池で水浴びしている頃・・・、桐野の家に向かって歩いてくる人物がいた。
「遠いなぁ・・・。」
「こんない遠かったっけ?暑いし・・・見渡す限り田んぼと畑だし・・・。」
「昔来た時は冬だったしな。雪がないとこんな感じなのか。」
メドウ・グレンの新設校に赴任するために、やってきたアールだった。
「おっと。確かこの向こう・・・。」
家の屋根が見えたところで、アールは駆け出した。
「そうそう!これ、これ!この・・・家・・・?」
「うあ・・・。無人だとはいえ、すごいな・・・。草ぼーぼーだ・・・。」
家は元のままそこにあったが、周りは雑草だらけで、家を覆い尽くしている。
「こりゃ、まず草刈りだ・・・な・・・新聞?なんかのまじないか?こりゃ・・・。」
玄関前には古新聞が放置されている。
そして、扉に手をかけてみると、鍵が開いていた。
「なんで鍵開いて・・・。・・・あれ・・・?」
家の中に一歩立ち入ってみると、人の気配はないが、なぜか生活している様子が伺えた。
「誰か住んでる・・・?ホームレスでも入り込んだのかな・・・。」
「この部屋は・・・開かないな・・・。」
昔のことはおぼろげにしか覚えていない。
こんな家だったか?と、部屋の戸を開けようとしたが開かなかった。
「あれ・・・テレビ・・・。」
仕方がないので、他の部屋を見てみよう、と家の奥まで足を踏み入れると、テレビが壊れて、もくもくと煙を上げている。
アールは、昔、自分が寝泊りしていた部屋を覗いてみた。
ここは鍵もかかっておらず、すんなりと開いたが、家具類は一切置いていない。
「こっちの部屋はなんにもないけど・・・。・・・あれ、俺の荷物どこだろ?届いてないのかな・・・。」
ここに来る前に、実家から荷物を送ったはずだ。
ベッドや机、服や本、それらが見当たらない。
「おっ。秘密基地。これは残ってるんだな。ここに入れたかな?」
外に出てみると、納屋は昔と変わらず建っていた。
引越業者がここに荷物をいれたのかもしれない・・・と、覗いてみようとしたとき、納屋の向こうの池で水音がした。
水音だけではない、人の声のようなものが聞こえ、アールはおそるおそる池に近付いていった。
「・・・声がするけど・・・。」
「えっ?」
「あ?」
女の子が裸で池の中にいる。
こんな時、どうリアクションをとったものだろうか。
「え・・・えっとー・・・。」
「だれっ?」
こうして二人は、十数年ぶりに再会したのである。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
幼馴染とのこんな再会・・・ありがちですかね?
ゆんちゃんのモデルは、ウチの姪っ子です。
実物はまだ小学生ですが、物語の都合上、中学生になってもらいました。