「あ。教授。」
秋も深まったある日、授業が終わった後、アールは担当の教授に呼び止められた。
「君、まだ就職決まってないのかい?」
「はぁ・・・。」
「内定も出てないのか?」
「ええ。まだ・・・なんですよ。」
「この時期になって内定も出ていないのは君くらいだよ?本腰入れてかからないと、卒業までに決まらないぞ?院にでも行くつもりかい?」
「いえ。就職します。」
改めて教授に言われてみて、アールは焦った。
今までも焦っていなかったわけではないが、本気で職を探そうとしていたか、と言われれば、そうではないような気がした。
「教授・・・どこか、ないですか?」
「うーん・・・君は成績は悪くないし・・・希望は?専門職?」
「出来れば専門を活かした仕事に就きたいです。」
「今の時期からではちょっと難しいけどなぁ。助手になって大学に残るという手もあるが・・・。」
大学助手も悪くはない。
どうしても仕事が決まらなければ、それも選択肢の一つだ。
だが、大学の助手から講師、助教授、教授、と上り詰めていくには時間がかかり過ぎる。
しぃが卒業する2年後には、安定した収入を得ていたいのだ。
「ま、心当たりを当たってはおくが。」
「心当たりがあるんですか?」
「あまり期待しないでくれよ。君の意向に添えるか分からないから。」
「バイトはほどほどにな。」
「はい。」
自分ではどうしても仕事を探せない。
そんな時に教授から声をかけられたのは僥倖というしかない。
教授の持ってくる話なら、悪い話ではないだろう。
「・・・というわけでさ、就職決まるかも。」
「またそうやって人任せにして・・・。」
「やー。これで安心してバイトに励めるわー。」
「そんなこと言って、決まらなかったらどうするんです。」
「それはその時考えるさ。」
さっき教授に言われて焦りを感じたことなど、アールはすっかり忘れていた。
「あっという間に卒業の時期になりますよ?」
「教授の紹介なんだから、大丈夫だって。」
「気に入らない職業だったらどうするんです。」
「だから、教授の紹介なんだから、まともな職だって。この際、選り好みなんかしてらんないし。」
「選り好みしないのなら、もっと早く内定出てもよさそうなもんですが・・・。」
「そういう怜ちゃんはどうなの?決めたの?」
「考え中なんです。」
「そんなに選択肢、あるの?」
「地元の会社にするか、都会のほうにするか・・・。」
「地元って?実家の近く?」
「まぁ、すぐによその土地に配属になると思いますが。」
「俺は実家からは離れたいなぁ。っていうか、大学の近くか、都会のほうがいいな。」
「・・・選り好みしてるじゃないですか・・・。」
「よぉ、お前ら。」
アールと怜が、チェスに興じていると、四郎がやってきた。
「チェックメイトです。」
「あー・・・。」
「アール、お前、チェス下手だな・・・。」
「くっそ!何だよ四郎ー。じゃ、怜ちゃんとやってみろって!」
「四郎くん、院試だったんじゃないですか?
「おぅ、受かったぜ。」
「そうですか!おめでとうございます!」
「四郎は院に行くのかぁ・・・。」
「ま、大学に残らないと、実家継がされるからな。」
「継ぐ家があるだけ羨ましいってもんだ。」
「何を言う。教会だぞ。」
「・・・悪魔教会か?」
「・・・だったらこんなに悩まん。」
「俺なら継ぐけどなぁ。信者多いんだろ?安定してるじゃん。」
「アール。貴様、俺に邪神に魂を売れと言うのか。」
四郎の実家は教会だった。
その反動で、中二病に染まったのだ、と四郎は言う。
「ああ!じゃ、やっぱ行く末が決まってないのは俺だけか!」
「なんでもいいだろう。お前ならどこに行っても如才なくやれるだろうし。」
「そうですよ。アールくん。自分でもちゃんと探したほうがいいですよ。」
探していないわけではない。
学生会館に寄っては、求人を見てみたり
「えーっと・・・。」
「なんだ?これ・・・。現場作業員?給料はいいけど・・・。」
「体、もたないよなぁ・・・。一生の仕事には出来ないし・・・。」
バイト先のマスターに尋ねてみたり
「ちーっす。」
「あー。お腹すいた。マスター。まかない出してよ。」
「OK。座んな。」
「ねぇ、マスター。」
「うん?」
「いい仕事、ないかなぁ。」
「私が紹介できるのは水商売だけだって。何度も言ってるじゃないか。」
「水商売ねー・・・。」
「新卒が就職するようなとこじゃないよ。」
「アール、お前、高望みし過ぎなんじゃないか?」
「そんなことないと思うんだよね。」
「妥当なところで手を打たないと、就職浪人なんてことになりかねないよ?」
「それは困る。」
「ま、ここでずっとバイトしててくれてもいいけどね。君、よく働いてくれるし。」
「うーん・・・。」
如才ない、人当たりがいい、よく働く・・・周りはそう言ってくれるけど、それならなぜ、仕事が見つからないのだろう?
「ま、教授に期待して、ダメだったらここで働きながら探してもいいかな。」
それも選択肢の一つ。
その考えが甘いのだ、ということに、周りからいくら言われてもアールは気付かないフリをしていた。
いざとなれば、いくつか選択肢がある。
そのことも、アールがのんびり構えている原因だった。
しぃを今、喜ばせることと、しぃを将来幸せにすることの狭間の位置にいて、どうしても、今のしぃの笑顔を優先させてしまうのはそのせいだ。
「・・・それにしても・・・今夜はなんだかヒマだな・・・。」
普段ならぽつぽつとお客さんが来る時間になっても、店はがらんとしている。
「怜ちゃんでも呼ぶかな。話し相手欲しいし。」
こうもヒマだと、やることがすぐになくなってしまう。
「・・・さすがにまだ寝てないよな。」
怜なら、アールが困っていればいつも手を貸してくれる。
そんな怜に、アールはいつも甘えている。
「あれ?出ないかな・・・。」
長いコールの後、やっと怜が電話に出てくれた。
「あ。怜ちゃん?俺。今何してんの?」
「あのさー。今から店に遊びに来ない?今夜、ヒマでさー。1杯だけならおごるから。」
「なに言ってるんですか。イヤですよ。この寒いのに。」
普段なら、しょうがないですね・・・などと言って出てきてくれる怜が、今日はやけにはっきりと断ってきた。
「寒いから、あったまりに来ればいいじゃん!」
「雪降ってるからイヤです。ボクは寒いのは苦手なんです。」
「雪?」
怜にそう言われて、アールは外に出てみた。
「あ・・・。」
どおりでお客さんが来ないわけだ。
冷えるとは思っていたが、外は銀世界になりかけている。
「珍しいな・・・。」
自分の実家のある街では雪は降らないし、ここでも滅多にお目にかかることはなかった。
こんな雪を見るのは、いつ以来だろう?
そう。
子供の頃、ほんの少し過ごしたあの街・・・。
おばあちゃんと、小さな女の子がいた。
忘れるとはなしに忘れていた子供の頃の記憶。
胸の奥に大事にしまっていた宝箱のふたが、かすかな音を立てて、そっと開くような気がした。
~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~ * ~
その頃、怜ちゃんは・・・
「わわっ!」
「た・・・助けてー!!」
UFOに連れ去られていましたw
・・・時間かかってすみません・・・。
たいした話でもないのに・・・。