「今日のランチは・・・っと。」
「こんな時間でも、カフェテリアやってるんだね。」
授業が終わった放課後、二人でカフェテリアにやってきた。
ここで遅めの昼食を摂り、宿題を片付けてから帰るつもりだった。
「まぁ、部活で残ってる生徒もいるしな。」
「そうなんだぁ。あ~お腹空いちゃったな。」
「お前さ・・・俺に付き合わなくってもいいぞ。ちゃんと昼休みに食えばいいじゃん。」
「だって左京くんと一緒じゃなきゃつまんないもん。」
「南だって高野だっているだろ?」
「左京くんも一緒に、ちゃんとお昼休みの時間に食べればいいのに。
そしたらみんな一緒に食べれるじゃん。」
「俺、人がいっぱいいるトコ苦手なんだよ。」
「友達なのに?」
「南とか高野のことじゃないよ。他のクラスとか学年のヤツもいて、人が多いだろ。」
「そっか。席が埋まってたりするしね。」
「そういうこと。」
橘花がこの学校に転入してきてからしばらく、左京は休み時間になると、ふい、と姿を消し、昼食すら摂っていなかった。
だが、やっと、放課後の空いている時間なら、カフェテリアでランチを食べるようになっていたのだ。
「じゃ、今度、カズとメグに、遅い時間に食べよう、って言ってみよう。」
「わざわざそんなことする必要ないよ。腹減ってるだろうし、悪いだろ?」
「うーん・・・難しいなぁ。」
「別に難しくないだろ。お前も好きにしていいぞ。」
「ワタシは左京くんと食べたいんだもん。」
一人だったら、左京はおそらくこんな時間でもカフェテリアには来ないだろう。
「・・・あ。これ、うまいな。」
「うん。左京くん、こんなの作れないの?」
「ここまではなぁ。ちょっと無理だな。プロじゃないし。」
橘花が一緒にいるから、食事をしながらたわいもない話をすることも出来るし、教室で時間を過ごすことも出来るようになっていた。
「ね。食べ終わったら図書室、行く?」
「うん。宿題やらなきゃ。」
「学校、楽しいけど、毎日毎日、宿題出るのがキツイなぁ。」
「そうか?宿題さえやっとけば、ちゃんと進級できるんだし、楽じゃん。」
「え~。左京くんは勉強出来るからいいかもしんないけどー。」
「あ・・・。」
ちょうど食事が終わった頃合、カフェテリアに千尋とカイトがやってきた。
「あ。千尋先輩。」
「橘花ちゃん!こんな時間に食事?」
「うん。」
「なんだよー!やっぱ可愛いじゃん!!」
「え?」
「ほらぁ。カイト!見ろよ!俺の目に狂いはないだろ?」
「まぁ・・・今回は認めてやるか。」
「けどさぁ~・・・俺にプロデュースさせて、って言ったのに!誰?誰にプロデュースして貰ったの?」
「えと・・・プロデュースとかじゃないと思うけど・・・左京くんのお母さんに、サロンに連れてってもらったんだけど・・・。」
「左京くん?引き取られた家の?」
「うん!左京くんのお母さん、女優さんなんだよ!桜庭ヒイナさん。」
「え。桜庭ヒイナ?」
「うん。」
「へぇ!そりゃセンスいいわけだ!メイクも?」
「うん。」
「・・・俺、先行っとくぞ。」
「あ・・・。」
この場に自分がいる必要はない、と左京は三人の横を通り過ぎて行った。
「左京くん!待ってよ!」
「今の子?」
「あの子、桜庭ヒイナの息子なのか。」
「うん、そう。・・・行かなきゃ!」
左京が一人でカフェテリアを出て行く後姿を見て、橘花は千尋から解放されたい思いでいっぱいだった。
だが、千尋は話をやめない。
「へぇ~!なるほど。キレイな顔してるな!ぜひプロデュースさせてもらいたいもんだ。」
「千尋先輩って・・・男の子でもいいの?」
「男でも女でも!言ったろ?磨けば光るような珠が好きなの。」
「変なの。」
「変?」
「変だよ。ね、カイト先輩。」
「ああ。変だな。筋金入りだ。」
「そうかなぁ。そんなに変かなぁ・・・。」
「・・・あ。そうだ。ワタシ、カイト先輩に聞きたいことあったんだけども・・・。」
「ん?なんだ?」
「カイトなの?俺じゃなくって?」
「千尋先輩じゃないの!カイト先輩。・・・でもー・・・。」
「なんだよー。で、なに?」
「・・・うん・・・。」
カイトがどんな女の子が好みなのか、聞き出してアイカに伝えてやろうと思っていたのだ。
『・・・左京くん・・・。』
けれど、やはり左京のことが気になる。
「やっぱまた今度!左京くん、追っかけなきゃ!!」
「えー・・・。」
「またね!」
橘花がそう言って駆け出していくと、カイトは意味深な笑顔を浮かべていた。
「ふふん。」
「・・・なんだよー。」
「振られたな。」
「振られてないし。」
「何言ってる。決定的じゃないか。」
「あの子、貴様のことなど眼中にないぞ。左京くんとやらに夢中だな!」
「諦めが肝心だぞ。千尋。」
「む~・・・。」
「・・・ふ・・・振られたっていいさ!別に付き合ってもらわなくってもいいんだ!」
「ん?」
「こうなったら、二人まとめてプロデュースする!」
「・・・呆れた変人だな。貴様・・・。」
「二人並べてドレスアップさせたら可愛いぞぉ~きっと!」
「貴様、何様のつもりだ?」
「だってさぁ・・・なんか見ててウズウズするんだ。なんて言うのかな・・・。囲いたいっていうか、並べてニヤニヤしたいっていうか・・・。」
「・・・ほんっとに変人だな、貴様は・・・。」
付き合いの長いカイトでも呆れるほどの変人っぷりである。
「そうだ。フォーマルなんかどうかな?パーティー用に。プロデュースさせて貰えないかな?」
「呆れられるどころか、嫌がられるぞ?貴様・・・。」
「左京くん・・・どこ行っちゃったんだろ・・・。」
後を追って、図書室を覗いたが、左京の姿はなかった。
「・・・ここ・・・は、いないよね・・・。」
もしかしたら、この前のように帰ってしまったのかもしれない・・・と思いながらも、校内を探し回り、橘花は理科実験室に足を踏み入れた。
「あ・・・。」
以前覗いたときも、この部屋が気になっていたのだ。
「あの・・・。」
奥に誰かがいる。
「あのー・・・。」
「あれ?君、同じクラスの・・・柑崎さん・・・だっけ?」
「え?えっとー・・・。」
「小林だよ。小林将人。入部希望?」
同じクラス・・・と言われれば、そういえばクラスにいたような気がする。
いつも教室の隅で静かに本を読んでいるような生徒だった。
「入部?ここって何部?」
「科学部だよ!入部大歓迎だよ~。部員、俺一人しかいないし。」
「あ・・・そうじゃないの。左京くん探してて・・・。」
「左京くん・・・って佐土原か。」
「でもいないね。ゴメンね。邪魔して。」
「邪魔なんかじゃないよ。」
「な。入部してくんないかな~。佐土原も一緒に。」
「え?」
「佐土原、アイツ頭いいだろ?科学、興味ないかなー。」
「さぁ。分かんないなぁ。」
「・・・でも、ここ、面白そうなものがいっぱいあるね!」
「だろ?」
「小林くんが作ったの?」
「俺は薬品いじるのが好きなんだ。おもちゃとか変な装飾品は、先輩の置き土産。」
「へー。」
「こういうの・・・作ったら楽しそう・・・。」
「そこの台、使っていいぜ?」
「これ?」
「スクラップ繋ぎ合わせて、いろんなもん作るんだ。バーナーもあるし。」
「やってみていい?」
「いいよ。」
なぜか興味を引かれ、橘花はハンマーを手に取っていた。
「こんな感じ?」
「お・・・手つき・・・いいなぁ。」
「あいたっ!」
「ま、最初っからうまくはいかないか。」
「これってさ、どんなもん作れるの?」
「ま、おもちゃとかなんかの装置とか・・・。先輩はさ、タイムマシン作るのが目標だったみたいなんだけど。」
「タイムマシン!?そんなの出来るの!?」
「うーん・・・結局出来ないまんま卒業しちゃったし。俺はそういうのは苦手だから、理論上は可能かどうか分かんないんだけど。」
「小林くんは何作ってるの?」
「俺は若返りポーションの研究してるんだ。」
「若返りポーション?そんなの出来るの?」
「だから研究してんだよ。・・・まぁ、夢のまた夢かもしんないけど。」
「夢があるっていいね!あいたっ!!」
「・・・笑わないのか?」
「なんで?」
「そんなことばっかり言ってっから、いっつもバカにされてて・・・。」
「あ!なんか出来たよ!」
「え・・・?」
「ほらぁ!」
「え・・・。」
「君・・・すごい才能だな!!初めて扱ったんだろ?」
「うん。」
「な。頼むよ!科学部、入ってくれよ~。佐土原と一緒に!」
「そういえば・・・左京くんの部屋、実験用の台、あるなぁ・・・。」
「え!?家に実験台あるのか!?」
「うん。」
「頼む!入って!!」
「まー・・・左京くんに言ってみるけど・・・。ワタシは面白かったから、入ってもいいし。」
「やった!俺、だいたい放課後はここにいるからさ!」
ここで発明台に向かっている間、橘花は時間を忘れていた。
それほど楽しい、と感じていたのだった。
「ちぇ・・・アイツ、なにしてんだよ・・・。帰っちまうぞ・・・。」
カフェテリアを出た後、左京は図書室に向かったが、なんとなく入る気がしなくて、ここに来てぶらぶらと時間を潰していたのだ。
ここなら、橘花が学校を出て帰ろうとすれば見えるし、放課後にこんな場所で遊ぶ学生もいないので、一人でぼーっとするにはちょうどいいと思ったのだ。
「・・・あと5分だけ待ってやるか・・・。」
まだ千尋と一緒にいるのだろうか・・・と思うと、なんだかイライラする。
「・・・ホント、なにやってんだろ・・・。」
もう辺りが真っ暗になり、あと5分、あと5分・・・とぐずぐずしていると、ようやく橘花がやってきた。
「左京くん!よかった~。探しちゃったよー。」
「遅いよ。バカ。」
「えへ。でも待っててくれたんだー。ゴメンね。」
「千尋先輩とやらと一緒だったのかよ。」
「・・・ヤキモチ妬いてる?」
「そんなんじゃないよ。バカ。」
「すぐ追っかけたんだよ?でも、図書室にいなかったし・・・。」
「ずっとここにいたんだよ。」
「なぁーんだ。途中で理科実験室行ってさ。」
「理科実験室?なんで?」
「左京くんのこと探してたら迷い込んじゃって。」
「そこで、入部しないか、って勧誘されてた!おんなじクラスの小林くんに。」
「小林?・・・ああ。アイツね・・・。」
自分と同じように、誰ともつるむことなく、いつも一人でいる目立たないやつだな・・・と左京は顔を思い出そうとしていた。
「・・・さ、帰ろ。」
「左京くんと一緒に、科学部入らないか、って誘われたんだよ。」
「俺?なんで俺が科学部入るんだよ。部活動はしないよ。」
「なんで?面白そうだったよー。」
「お前だけ入ればいいじゃん。」
「えー。左京くんと一緒の方が楽しいもん!ね、入ろうよ!」
「お断り。科学部なんか入って、何するんだよ。」
「小林くんはね、若返りポーションの研究してるんだって!ワタシはタイムマシン、作りたいなぁ。」
「科学部って、そんなことやってんのか・・・。」
「ねっ。面白そうでしょ?ワタシ、発明台欲しいなぁ。家にあったらいつでも作れるもん。」
「買ってもらえばいいじゃないか。」
「でも高そうだし・・・。だから科学部、入ろうよー。」
「ヤダ。」
「変なこと言ってないで帰るぞ。」
「変じゃないのにー。」
すたすたと歩いていく左京の後姿を見て、橘花は、理科実験室で楽しそうに過ごす自分たちを、なんとなくイメージしていたのだ。
「あ。左京くん。おはよ。」
「おう。」
「ね。今日もどっか遊び行く?」
「うん。どこ行くか考えてたんだよなぁ。」
週末の朝、左京は早く目が覚めて、橘花が起きて来るのを待っていた。
週末になると必ず二人で出掛けるのが習慣になっていた。
「あ!そうだ!こないだの話!!」
「なに?」
「科学部入ろうって話!」
「その話はもう終わっただろ?入らないよ。」
「なんでぇ?」
「入る必要ないし。」
「だってー・・・一人で実験するより、いいんじゃない?」
「俺は一人でいいの!お前、入りたいなら入ればいいじゃん、ってこないだも言ったろ?」
「うーん・・・左京くんが入らないんじゃつまんないなぁ。」
「左京くんと一緒にタイムマシン作ったりしたいのに・・・。」
「お前さぁ・・・タイムマシンとか若返り薬とか、夢みたいな話、してんじゃないよ。
大体さぁ、サイエンスとファンタジーって、対極にあるもんだろ?科学の力には限界があるんだよ!」
「夢みたいなのは分かってるけどー・・・。」
「でも・・・でもさ、サイエンスとファンタジーが対極にあるんならさぁ・・・。」
「なに?」
「うーんとかけ離れた対極にあれば、いつかは出会うよね?」
「なに言ってんだ?」
「離れて離れて離れて・・・でも、いつかは出会っちゃうじゃない!だって世界は丸いんだもん!!きっとサイエンスとファンタジーは、背中合わせの双子なんだよ!」
「不思議なこと言うなぁ・・・。お前・・・。」
「だって、想像力がないと、科学は発展しないでしょ?」
「それはもっともなんだがなぁ・・・。」
「だから入ろ?」
「だから・・・ってなんだよ。入らないよ。」
「・・・うーん・・・なかなか一筋縄ではいかないなぁ・・・。」
「でも、一人でも実験やってるんだから、嫌いじゃないと思うんだよねー。」
「よしっ!頑張る!!」
一人でも楽しいのなら、一緒にやれば、もっと楽しいと感じてくれるはずだ。
左京に科学部に入ってもらって、一緒に楽しみたい。
だから説得する、と橘花は心に決めたのだ。
「ねっ。今日は街の方行こうよ!」
「おっ。いいぜ。」
「ゲーセンでも行くか!」
「うん!」
「・・・ってか、あいつ、なんだって急に科学部なんかに興味持ったんだ?」
「うひゃー!今日もいい天気!!」
「あ。警察署だー。」
いつも学校へ行くのとは反対の道を自転車で走り抜け、街の中心から少し外れた場所にある建物に二人で向かった。
「こんなとこにゲーセンあったんだね~。」
「実は俺も初めて来るんだよな~。前から気になってたんだけど。」
「ゲームコーナーはこっちだな!」
「あっ!ピンボールやる~っ!」
「こんなのもあるのかぁ。」
「えへへっ。」
「お前・・・結構うまいな。」
「思ったんだけどさ。センスあるっつーか、家のゲームもすぐ覚えたし。」
「なんかね。こういうの触るの、好きなんだぁ。」
「だから、発明とかも興味あんの!・・・あ、落ちちゃった。左京くんの番~。」
「けどさ・・・タイムマシンなんてホントに作れると思ってんの?」
「分かんないけどー・・・。でもやろうとしてた人もいるんだし。」
「お前、タイムマシンなんか作って、どうするつもりだよ?」
「うん。15年前に行きたい。」
「15年前?」
「ワタシが生まれた頃の世界。」
「生まれた頃?」
「そしてね・・・お父さんとお母さんに会いたい。」
「会う・・・?両親に?」
「会うって言うか・・・こっそり見るだけでいいんだ。どんな人だったのか。」
「それって・・・。なんて言うかさ・・・そんなことしてどうすんの?」
「うん・・・どうしようか?その後のことは考えてないんだけどさ・・・。」
「やめたほうがよくないか?そういうの。」
「そうかなぁ。」
「だってさ、15年前に行ける確証も、戻ってこれる保障もないわけだろ?」
「心配?」
「・・・そもそも理論的に無理だろ、って話。」
「うーん・・・。」
「でもさぁ~・・・。」
「なんだよ。」
「『作れない』って思っちゃたら、なんにも出来ないよ。」
「まぁ、そりゃそうだな。」
「だから、やってみるの。」
「お前、前向きだな。」
「左京くんも一緒にやろ。」
「断る。」
「なんでそんなに頑ななの?」
「俺は別に、なんか目標持ってるわけじゃないし。お前こそ、なんで俺のこと誘おうとするんだよ。」
「なんでって・・・。」
「もう・・・知らないっ。」
左京はなかなか誘いに乗ってくれない。
今まで、二人で遊びに行くことも、学校で一緒に過ごすことも拒絶されたことはないのに、これだけは頑として受け付けてくれない。
左京に言われて、『一緒にいたい』だけだから・・・という理由が、なんだか恥ずかしくなってきた。
子犬みたいにじゃれあって、いつもいつも一緒にいて、それだけでは物足りなくなっている自分がいて、恥ずかしくなったのだ。
「おーい!なに拗ねてんだよー。来いよー。」
「拗ねてないもんっ。」
「ガム、買ってやるよ。」
左京はなんとも思っていないのだろうか?
「ガムなんてー・・・子供っぽい。」
「いらないの?俺、イチゴ味がいいなぁ。」
「いらないんなら買ってやんないぞー。」
「いる!」
「だろ?へへっ。何味かな?」
急に自分が大人になってしまったのだろうか?
こんな想いを抱くのは、不純なことなのだろうか?
「ほら!何色がいい?」
「なんでもいいけど・・・。」
「わぁっ!」
『一緒にいたい』という意味が、橘花の中で大きくなっていく。
「へへっ。」
「わ。甘ーい。・・・って、ガムで誤魔化された・・・。」
口の中に広がる甘いガムの味。
その甘さに感じるほんの小さな幸せを、左京と分け合いたい、と思っていた。